第百三十八話「犬」

第四章 やはり京都

「あたし、アイツに騙されてただけやねん。」
「え、だれ?」
「ここの店長してた人に。」
「ウッチーやろ?」
「あ、その呼び方、めっちゃ怒ってたで。」
「店長って呼べって言われてたわ。」
「アイツ、人間のウツワが小さいからなぁ。」
「そやねん。」
「偉そうにしてんと気が済まんタイプやろ。」
「そうそう。」
「せやのに、口だけで約束は守らんし。」
「はぁ。」
「任せとけって言うて、何もしてくれへんし。」
「ふーん。」
「今は耐えるときやねん!って、そんなん知らんしな。」
「へぇ。」
「あたしのこと辞めさせといて、無職、無職って馬鹿にするし。」
「アホやな。」
「そうやねん、アホ。ただのアホ。」
「でも、付き合ってるんやろ?」
「もう別れたわ。」
「あ、そうなんや。」
「別に好きちゃうかったで。あんなオッサン。」
「そうなん?」
「なんか店長と付き合ってるってカッコええやんか。」
「ほな、俺と付き合おか?」
「いやや、あたし、面食いやねん。」
「ウッチーと大差ないやん。」
「あるある。ありまくり。」
「そしたら、もう一回、付き合ったったら?」
「もう店長ちゃうもん。」
「ええやん、別に。」
「店長ちゃうかったら、ただのオッサンやで、アイツ。」

 何があったのか知らんけど、イツキちゃんの口からは、ウッチーの悪口しか出てこない。大して頭の良い子じゃないから、一生懸命に色んなことを話し続けているわりには、ほとんど具体的な内容が分からない。でも、とにかくウッチーにムカついていることだけは理解できた。

「もしもし、田附やけど。」
「あ、京都風俗界を背負って立つエロ神様、田附大明神ですか!」
「なんやそれ、クリちゃん。」
「はいはい、どうされましたか?」
「あのさぁ、ウッチーって、あの後、どうしたん?」
「内藤さんは今、本部の経理にいますよ。」
「え?そうなん?」
「あ、田附さん、知りませんでしたっけ?」
「そんなん知らんよ。」
「ちょうど今日、経理に顔出したら、内藤さんは領収書の整理みたいなことをやらされてましたね。」
「そうなんや。分かった。ありがとう。」
「え、それだけですか?」
「クリちゃん、今度また、飲みに行こな。」
「はい、是非!田附大明神さま!」
「もうええわ!」

 もしかしたら、ウッチーが何かを企んでいて、イツキちゃんをスパイとして送り込んできたんじゃないかと思って、念のため、栗橋に確認してみたけど、どうやらその心配もないようだ。おそらく、ただ単純に、金の切れ目が縁の切れ目ってやつだろう。経理部なんて、ただの一般企業のサラリーマンみたいなもんだから、店長時代のような給料は貰えない。当然、愛人を囲うほどの余裕なんてない。

「イツキちゃん、いつから働けるん?」
「雇ってくれるん?」
「働きたいんやろ?」
「うん。」
「でも、俺の言うことを聞いてもらうで。」
「はい、かしこまり!」

 翌朝、イツキちゃんが戻ってきたことを吉田に伝えると、「内藤さんの犬みたいなオンナですよ。」と言って、暗にイツキちゃんを雇うことに反対されたけど、もともと“内藤さんの犬みたいなオトコ”だった吉田に言われても、お前が言うなって感じだ。

「最近、連絡してないの?」
「たまに電話がきますけど。」
「店のこととか聞かれんの?」
「いや、金の無心ですよ。」
「お前に金を貸せって?」
「そうなんですよ。」
「で、貸したん?」
「俺、ひとに貸す金なんか無いですよ。」
「そうやろな。」

 ウッチーって、俺がピチピチホームの店長になった頃から、ずっと店長をやってたのに、全く貯金をしてなかったんかな。俺のとこに電話してきたら、ちょっとぐらい貸してあげても良いけど、さすがに恥ずかしくて俺には頼めないんだろうな。そんな金に困ってる人間を経理に置いといて大丈夫なんかな。

 この業界は弱肉強食で、いきなり転落することもあるし、逆に突然の下剋上もある。西城のオッサンも、ウッチーも、当日まで予想だにしなかったことが起こって、思いっきり落ちていったわけやし。俺も明日は我が身かもしれんから、気を引き閉めんとアカンわ。

「もしもし、田附です。」
「おう、久しぶりやな。」
「大変ご無沙汰しております。お元気ですか?」
「まあな。」

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