大声で叫ぶように話さないと、僅か数センチしか離れていないボーイとも、まともに会話ができない。ユーロビートのメロディーを縫うように、男性スタッフがマイクパフォーマンスで店内を煽っていて、客が落ち着く隙を与えない。
「お釣り、三千円です!」
「はい!ありがとう!」
入店前に、待合所で一万円を渡したお釣りを、店内のソファーで渡された。三千円が、お年玉のポチ袋のような小さな袋に入れられて返ってきた。変な仕組みだ。他のボーイがビールを持ってきて、また別のボーイが女の子を連れて来る。さすがは老舗だ。従業員のそれぞれが役割を把握していて、しっかりと接客するシステムが出来上がっている。
「こんばんは、ミルキーです!」
「はじめまして!こんばんは!」
ほんとに店内が騒がしくて、離れていると会話にならないから、すぐに女の子は膝の上に乗って、それから自己紹介をする。渡された名刺には、名前と番号が書かれている。指名をするときには、この番号を言えば良いんだろう。言葉も交わさず、名前も聞かず、いきなり“だっこちゃん”の態勢になるのが、非現実的で楽しい。ミルキーちゃんの腰のくびれに手を回すと、彼女が俺の右肩にアゴを乗せる。ふわっとボリュームのあるパーマをかけた髪の毛が、俺の顔にかかる。
「ティセラやろ?」
「ううん、ミルキーやって。」
「ちがうよ、シャンプーのこと。」
「え?そう、そうそう!」
「やっぱり。」
「すごい、臭いだけで分かるんや!」
たまたま数日前に、店に置くシャンプーを変えようかという話になり、近くのスーパーで売っているシャンプーを全部、買って来させて、臭いを確認したばかりだったから分かったんだけど、こんなことで大喜びしてくれて嬉しい。
「あ、この曲、大好き!」
「そうなんや。」
二人で握り合ったままの両手をあげて、曲は終わったけど、もう一度「夢見る三十路じゃいられなーい!」と叫ぶ。このまま、ミルキーちゃんを店内指名しようかとも思ったけど、初めて来た店で、最初についた女の子を指名するのも勿体ないから、辞めておいた。
次の女の子が俺の膝の上に座った瞬間、マイクパフォーマンスをして店内を煽っている男性スタッフが「ボックス・ゴーゴー、ボックス・ゴーゴー、張り切っていきましょう!」と叫んだ。それに合わせて、俺についている女の子も、周りの女の子も、ソファーの上に立ち上がった。目の前に、女の子の股間。そりゃ、もう、顔をうずめるしかない。
女の子からは強めの臭いがして、頭がクラっとしたけど、ユーロビートとアルコールとマイクパフォーマンスに煽られ、臭いなんかどうでも良くなっている。なんだか空を飛んでいるような気分になってきた。肉厚な太ももを抱きしめて、このままどこかへ飛んでいきたいなぁ。
だいたい十分くらいで女の子は交代するから、すぐに指名したくなるけど、我慢して流れに身を任していたら、四人目には、またミルキーちゃんが来た。どうやら、最初に席についた女の子が、最後にもう一度ついてくれる仕組みらしい。もうミルキーちゃんとは仲良しなので、イチャイチャ、キャーキャーしていたら、あっという間に時間が過ぎた。
「延長して!あと四十分、延長で!」
「お客さま、ありがとうございます!」
「めっちゃ楽しいやん!スキャンダル最高!」
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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。
※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。