この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百四十二話「シバく」

time 2017/06/07

第二百四十二話「シバく」

ケイコとの一泊二日の小旅行は、俺にとっても気分転換になる旅行だった。物静かで、大人しくて、優しくて、気が利く、三拍子も四拍子も揃ったケイコは、とても良い女だ。なんでこんな良い女に対して、暴力を振るったり、長々と説教をしたりできるんだろうか。全く理解できない。

「ほんま、楽しかったわ。」
「私も、すごく楽しかったです。」
「ありがとう。」
「いえいえ、私の方こそ、ありがとうございます。」
「また、明日な。」

クルマから降りて自宅の方へと歩いていくケイコの後姿を見ながら、せつない気持ちになった。あんな笑顔で帰っていったけど、自宅で待ち受けている旦那への不安で頭がいっぱいなのだろうと想像すると、思わず「もうちょっと、どこかで寄り道しようか。」と、今からでも大声で叫びたくなる。

「ただいま、疲れたわ。」
「ああ、おかえり。」
「今日な、初めて勝ってんで、私。」
「何が?」
「玉突きやんか。分かるやろ。」

こっちは岩手の土産がないことについて、どんな言い訳をしようかと悩みながら帰ってきたのに、やたらとビリヤードに夢中になっているサエコには、どうでも良いことだったらしい。この調子なら、オービスの通知が来ても、おそらく何の興味も示さずにいてくれるような気がする。とはいえ、一応は事前に考えた手だけは打っておこう。

「俺がおらん間、ベンツを和臣に貸してたんやけどな。」
「ふーん。」
「あいつ、なんかアチコチ、乗り回してたらしくてな。」
「ふーん。」

あかん、俺の話には全く興味を持ってないやん。本当は、和臣がベンツを乗り回してて、オービスに引っ掛かったかもしれないと言われたっていう話をしたかったけど、馬鹿らしくなって途中でやめた。こんなときケイコなら、俺の話を夢中になって聞いてくれるのに。

「次の日曜日、家族でどこか行こか?」
「え?なんで?」
「たまには仕事を休めそうやから。」
「無理。」
「はぁ?」
「玉突きの予定が入ってるから。」

今さらサエコに対して何かを期待しているわけではないけど、せっかく家族サービスをしようかと声を掛けたのに、この仕打ちは酷い。さっきまで一緒にいたケイコが、あまりに良いリアクションをしてくれていたからこそ、その落差を強く感じた。サエコとケイコ、交換できへんかな。

「サエコさぁ。」
「なに?」
「もし俺が、暴力夫やったら、どうする?」
「え?逆に、シバく。」
「あ、うん。説教しまくられたら、どうする?」
「その千倍、私が説教したる。」
「そっか。」
「なに?私を殴りたいの?説教したいの?」
「違うって、そんなんと違うねん。」

ほら、サエコやったら、ケイコの旦那からの攻撃に対しても十分に対抗できると思うねん。通信販売に適用されるクーリングオフみたいな仕組みは、結婚には無いんかな。いや、クーリングオフがあったら、俺の方が返品されるのかもしれんけど、それはそれで結果は同じだから良いのか。

翌朝は、プリプリに顔を出して、念のために和臣との口裏合わせをした。“念のため”というのは例のオービスの件で、そもそもサエコが話を聞いていなかったから、ほとんど意味が無いんだけど、GPS事件の恐怖を思い出すと、出来る限りの対策は講じておくべきだと思った。

「ベンツで和歌山に行ったって言えば良いんでっすね。」
「そう、それだけでええ。余計なことは言わんでええからな。」
「旦那が浮気してるのは内緒ってことでっすね。」
「言うたらどうなるか分かってるよな、和臣くん。」
「はい、田附さま。絶対言いませっん。」

去年の暮れ、俺がソープランドの営業に専念することにしたとき、それまでプリプリの店長給として受け取っていた分の給料と、店の売り上げによって一定割合が貰える歩合給の全部を、和臣に譲ってあげた。その結果、今年に入ってからの和臣の給料は、以前に比べて軽く二倍を超えている。だから、俺が困るようなことを和臣がするわけがないとは思うけど、和臣は妙な悪ノリを楽しむクセがあるから、ちょっと怖い。

「和臣、ちょっとシミュレーションしてみようか?」
「大丈夫ですけっどね。」
「はい、サエコから電話がかかってきました!」
「もしもし、和歌山に行っていた和臣でっす。」
「下手くそ!まじか、お前。」
「冗談ですよ。もしもし、和臣でっす。」
「あの、私、田附の嫁の・・・」
「あ、はいはい、旦那に浮気されてるサエコさんでっすね。」
「いやいや、ふざけんなって。頼むわ。」


sponsored link

down

コメントする