この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百三十七話「タミー」

time 2017/05/31

第二百三十七話「タミー」

家族四人でビリヤードに来るなんて、なんだか不思議な気分だ。球と球がぶつかり合う音にサクラコが驚いて泣き出すんじゃないかと不安だったけど、音に合わせて自分の手を鳴らしながら上機嫌だ。俺も、球が弾ける音を聞いて、さらにテンションが上がってきた。とはいえ、相手はサエコだから、真剣勝負にはならないけど。

「全部入れんといてな。」
「これは難しいから入らんって。」
「私が打ちやすいところで終わってな。」
「それは知らんわ。」
「ミスれ!ミスれ!はい!」
「あ、ごめん。入ってもうた。」

久しぶりだから、上手く手加減が出来ない。浮気騒動から冷え切っている夫婦仲を回復すべく、なんとか勢いでビリヤードに誘い出したのに、このままでは負けず嫌いなサエコが、ヘソを曲げてまうやん。案の定、俺が球をポケットに入れる度に、サエコが不満そうな顔をして俺を睨み付ける。そして、母親の真似をして娘二人も、頬を膨らませて俺の方を凝視する。こんなハズじゃなかったのに。

次こそは手加減をするからもう一回やろうと誘うけど、ふてくされたサエコは「ちょっと休みたい。」と言って立ち上がろうとしない。仕方がないから、この店の店長の田宮を呼んで、相手をしてもらうことにした。さっきは、俺とサエコが勝負したのが失敗だった。今回は、俺と田宮の対決だから、サエコたちは“チーム田附家”として、家族一丸となって俺の応援をしてや!

「タミー!タミー!」
「いやいやいや、なんで田宮を応援してんねん。」
「私の仇や、タミーがんばれ!」

今日が初対面のはずなのに、勝手にあだ名を付けて応援してる。田宮が、いつの間にかサエコチームの助っ人扱いされてるやん、どないなってんねん。

「ナイス!タミー!」
「うわ、今のはナイスショットやな。」
「敵に褒められても、真に受けたらアカンで。」
「誰が敵やねん。」
「田附家の女三姉妹の宿敵や!」

なんか一人だけ随分と歳の離れた長女がおるけど、大丈夫かな。ビリヤード屋の店長だけあって、さすがに田宮は上手い。てか、さっきから田宮が球を入れる度に、サエコとハイタッチして、娘たちが「タミー、すごい!」って大騒ぎしている。あれは、俺がやりたかったことなのに、完全に蚊帳の外になってもうてるやん。

こんな調子で、想像とは全く違うビリヤードになってしまったけど、家族みんなで楽しめて良かった。後半は見ているだけだったサエコは、もっと上手くなりたいとビリヤードの楽しさに目覚めたらしく、ビリヤード屋に通うことにしたらしい。どうせ長続きはしないだろうけど。

「おはよう、浩平。」
「社長、おはようございます。」
「昨日はありがとうな。」
「家族サービスできましたか?」
「ま、まぁ、なんとか。」

明後日からのゴールデンウィークを前に、嵐の前の静けさと言えば良いのか、店は来客も少な目で落ち着いている。いや、それなりにお客様は来て下さっているけど、この五カ月で男性スタッフたちの対応も慣れてきたから、多少の来客数では慌てることがなくなった。女の子ばかりではなく、店全体が確実にレベルアップしている。

「ベンツで、どこに旅行しようかな。」
「また、家族サービスですか?」
「あ、うん。」
「そんなに家族大好き人間でしたっけ、社長。」
「いや、そういう訳でもないねんけど。」

やっぱり改めて考えてみたら、家族でビリヤードに行くっていうのは、間違いだった。俺とサエコが敵対することになれば、どう考えても娘たちは母親の味方をするから、ああいう感じになってしまう。だから、せっかく新車に買い替えることだし、白浜あたりまでドライブして、温泉旅館でゆったりする方が良いのではないかと思った。

「奥さんから、ベンツを買うことを怒られたんですか?」
「え?なんで分かんの?」
「家族、家族って、怪しすぎますから。」

いや、別にメチャクチャ怒られたわけでもないけど、自宅と雄琴を往復するだけの毎日なのに、わざわざ今のジャガーを売って、どうして新車のベンツを買う必要があるのかと、文句を言われ続けている。だから、苦し紛れに「ベンツの方が、家族でゆったり乗れるやん。」と返してしまった手前、なんとか家族サービスに使わなければならないという事態になっている。

「あのベンツで、家族の思い出をいっぱい作るで。」
「はいはい、そうですか。」
「ああ、ベンツを買って良かったなぁ。」
「頑張ってくださいね、社長。」
「おう、俺、頑張るで。」


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