この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百三十四話「扉」

time 2017/05/26

第二百三十四話「扉」

やっぱり俺の勘は当たっていた。何となく、本当に何となく、嫌な予感がしていたんだけど、間違いなくケイコちゃんには何かがあった。いや、さっき約二週間ぶりに顔を見て、これまでと変わらない笑顔に安心したんだけど、その笑顔が微妙に曇っているのが感じられた。だから、ケイコちゃんが待合室に降りてくる度に、気にして動きを観察していたら、あることに気づいてしまった。

「ちょっと、ケイコちゃん。」
「はい、社長。お疲れ様です。」
「うん。あの、向こうで話をしようか。」
「え?はい。」

まだ使用していない一階の客室の扉を開けて、ケイコちゃんを招き入れる。扉を閉めて、ベッドに横に並んで座る。俺が先に腰を下ろすと、ケイコちゃんが俺の右側に座った。キョウカさんからは、彼女が精神的に少し疲れて出勤する気がしなかったという一応の欠勤理由を聞いていたけど、俺は何も聞いていないふりをして話を切り出す。

「しばらく休んでたみたいやな。」
「はい、すみません。」
「めずらしいやん、どないしたん?」
「まだソープに慣れてなくて、少し疲れまして。」
「もう大丈夫なん?」
「はい。改めまして、よろしくお願いします。」

表面上は明るい表情をしているけど、動きがカクカクしているというか、何というか。ベッドに隣同士で座っているから、話をしにくい状態ではあるものの、ケイコちゃんの目線が俺とは別の方向を向いていて、俺と目を合わせるのを拒んでいるような感じだ。

「あのな、ケイコちゃん。」
「はい。」
「その右目のところのアザ、どないしたん?」

どうもケイコちゃんの動きがおかしいと思って観察していたら、どうやら顔の右側を見られないように、不自然な方向を向いたり、手を目元に当てながら歩いたりしていることに気付いた。だから、お客様が待つソファー席にケイコちゃんが行って、両手を前に揃えて深々とお辞儀をするタイミングを見計らって、顔の右側を覗き込んでみた。すると予想通り、かなり念入りにファンデーションでおさえてあるけど、目元にアザがあるのを見つけた。

「あの、実は私、その、本当にソープの仕事に慣れてなくて、うちに帰ったら凄く疲れていて、普段ならそんなことは絶対にないんですけど、キッチンに入る入口のところで足を引っかけて、そのまま転んだ拍子に顔を扉にぶつけてしまったんです。」

一方的にペラペラと話をするケイコちゃんを見て、思わず「お前は、ミツコちゃんか!」ってツッコミを入れそうになった。どう考えても嘘をついている。いつものケイコちゃんは、物静かで大人しい女の子だから、こんな風に慌ただしく話をするようなことはない。いや、そもそもの話、気を失わない限り、仮に何かに躓いて転んだとしても、絶対に顔をぶつけるようなことはない。思わず手が出るのは、人間の本能なんだから。

「ケイコちゃん。」
「はい。」
「正直に言うてや。」
「え、はい。」
「その右目のアザは、どないしたん?」

うちのナンバーワンの女の子だから、出来る限りのケアをするべきだとは言え、ちょっと踏み込み過ぎているような気もする。本人が自ら話したいと思うまでは、問い詰めずに放っておいた方が良いのかもしれない。

「まぁ、ええわ。気を付けや。」
「あの、実は私。」
「ん?なに?」
「ソープで疲れてるのは、ほんとなんですけど。」
「ナンバーワンで、フル回転やからな。」
「あの、それで。」
「うん。」
「うちに帰ったら、ぐったりとしちゃってて。」
「そら、そうやな。」
「主人に、何もしてあげられなくて。」
「う、うん。」
「主人が怒るのも、当然なんです。」
「で、旦那さんに殴られたってこと?」
「はい。」

そもそも、ケイコちゃんがソープで働かなければならなくなったのも、旦那が抱えた借金が原因なのに、一生懸命に借金を返すために働いている嫁を殴るって、最低な人間やな。俺、スッポンのスープの缶を投げつけられたり、包丁を持って追い掛け回されたりしたことはあるけど、自分からは女に手を出したことは一度もない。いや、殴ろうかと考えたことさえない。

「頻繁に暴力をふるわれるん?」
「いえ、週に二、三回だけです。」
「それ、めっちゃ頻繁やん。」
「そうですかね。」
「ケイコちゃん、もう別れた方がええんとちゃう?」
「え?」

アカン、俺としたことが、完全にミスった。どう考えても踏み込み過ぎやん。余計なこと、言うてもうた。

「私、絶対に別れませんから。」
「そ、そやな。」
「ここまで尽くしたのに、別れられません。」
「うん、うん。それがええと思う。」


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