この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百十七話「ユウコト」

time 2017/05/03

第二百十七話「ユウコト」

 そういえば俺、いつもここでカットフルーツを買って食べていたなと、懐かしい記憶が蘇った。もう二十年以上前のことだけど、ワンダラーのマイに会うために歌舞伎町に足繁く通っていた頃、百果園に立ち寄るのが習慣になっていた。

「すみません、パインをひとつください。」
「はい、百円ね。」
「ありがとう。」

 そうそう、ここのカットフルーツは串に刺して出てくるから、歩きながらでも食べやすいねん。昔のことを思い出しながら、歌舞伎町の方に向かって歩いていきそうになるけど、次の予定は、紀伊国屋書店の近くの喫茶店だから、アルタ前の雑踏のなかを進んでいく。ここも観光客だらけやわ。

「あの、すみません。」
「え、はい。」
「お時間よろしいですか?」
「えっと、ちょっとなら。」
「この詩集、私が書きまして・・・」
「ああ、要らんで。ポエムとか分からんし。」

 俺を見て、どうして詩集を買いそうだと思ったのだろうか。絶対に買う感じと違うやん。もしかして、やっぱり俺が京都の人間だということがバレて、歴史とか文化とかに興味がありそうやと思われたのかもしれん。いや、ただ顔がデカいから目立つだけかも。

「もしもし、田附さん・・・」
「お、クリちゃん。久しぶりと違うの?」
「すみません・・・」
「いや、ええねんけど、調子はどう?」
「多少は良くなりそうな雰囲気ではあるんですけど・・・」

 わざわざ調子を聞かなくても、クリちゃんの歯切れの悪さから、すすきのの店が全く振るわない状況なのは想像できる。出来れば二週間に一度くらいは北海道に行って、励ましてあげたいところなんだけど、俺は俺でソープランド開業という大役を引き受けてしまったから、正直、他人を励ましたり助けたりしている場合ではない。

「で、グループの専務様が、どないしたん?」
「田附さん、社長の件って聞いてますか?」
「社長って、誰のこと?」
「いや、田附さんのことですよ。」
「まぁ一応、個人会社の社長ではあるけど。」
「違いますよ。そうじゃなくて。」

 そういえば昨日も、石川部長から「田附社長」って電話がかかって来たよな。やっぱり地方組は大変なのかもしれない。一時は俺が道後温泉の担当っていう話もあったけど、俺は都会派の男だから、札幌とか松山みたいな地方に飛ばされなくて良かったわ。まぁ、雄琴もソープランドのギラギラを除けば、あとは琵琶湖とヨットハーバーしかないねんけど。

 ゴニョゴニョと口籠る感じで、何かを言いたそうなクリちゃんに「ごめん。次のお客さんが来たから切るで。」と一方的に言って、電話を切った。別に嘘をついたわけではなく、スカウトメールで約束した本日ひとりめの女の子が喫茶店に入って来た。いや、それにしても・・・

「全身真っ赤って書いてたけど、ホンマに真っ赤やん。」
「え、はい。すみません。」
「いつも、こんな服を着てんの?」
「貧乏で、外出できる服がコレしかないんですよ。」
「そうなんや。他の服も買えるようになろうな。」

 真っ赤の上下が派手すぎるから、誰も気づかないかもしれないけど、この子ってアクセサリーとか装飾品を何も身に付けていない。たぶん、これしか持っていないっていうのは大袈裟だけど、それなりに貧乏な子なのは間違いなさそうだ。

「今日は、わざわざ来てもらって、ありがとう。」
「ユウコトって、どこですか?」
「はぁ?なに?ユウコト?」
「え、勤務地がユウコトなんでしょ?」
「ああ!あれはオゴトって読むねん!」

 思わず大声でツッコミを入れてしまった。関西人の悪い癖だ。しかも、デカい声で「オゴト」って言うてもうてるやん。右斜め前に座っている家族連れのお父さんの方が、確実に「オゴト」っていうキーワードに反応してこっちを見たけど、奥さんや子供たちと雄琴の話題で盛り上がるわけにもいかず、なんだか気まずそうにしている。お父さん、ごめんなさい。

「関西では、わりと有名なとこやねんで。」
「え?関西?ってことは大阪?」
「いや、違うよ。滋賀県。」
「ええ、無理。むりむりむりむりむり。」

 せっかく出て来たんだから、もう少し話を聞いてから帰っても良いのにと思ったけど、彼女は小さい声で「むりむりむり」と繰り返しながら立ち上がり、喫茶店を出て行った。

 あかん、やっぱり人材を確保するのは難しいかも。赤木くんは、ほんまに大丈夫なのかな。不安になってきた。


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