この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百十四話「ハートブレイク」

time 2017/04/05

第二百十四話「ハートブレイク」

 カバンのなかを入念にチェックした。すでに朝から三度目だけど、いったん中身を全部取り出して、何か不審なものが入っていないか、手で触り、目で見て、確認した。特にサイドポケットには何度も手を突っ込んでみた。銀行の通帳などを入れてある小さなポーチのなかも、カバンと同じように十分に確認したけど、何も見つからなかった。

「和臣、なにかある?」
「えっと、明日、店の全体ミーティングです。」
「そうなんや。時間が合ったら参加するわ。」
「まぁ、それくらいですっかね。」
「ほな、俺は今日は、このまま出てしまうから。」
「分っかりました。お疲れさっまです。」

 三週間ぶりだけど、もう何年も会っていないような気がする。あまり乗り気ではないミカに、毎日メッセージをして、やっと良い返事がもらえた。俺だけの片思いではなく、ミカも会いたいと思ってくれていたことが嬉しい。大通りに出てタクシーを捕まえようとするけど、やっぱりカバンが気になって仕方がない。

「タケちゃん、ちょっと頼みごとやねんけど。」
「なに?珍しいな、こんな時間に。」
「このカバン、預かっててくれへん?」
「ええけど、なんで?」
「ちょっと訳ありやねん。何も聞かんと預かっといてや。」
「はいはい。そこに置いといて。あとで奥にしまうから。」

 もしGPSが仕込まれていても、カバンさえ俺と一緒に動かなければ、行動を監視されることもない。どうしてこんな簡単なことを思いつかなかったのかと、我ながら情けないけど、最近の俺は平常ではないから諦めるしかない。とりあえず、あの忌まわしきカバンから解放された。今日は、ミカとの久しぶりのデートを満喫するで。

「ご無沙汰しております。」
「ほんまやわ。ご無沙汰しております。」
「元気だった?」
「ミカと会わんと、元気ないわ。」
「私も。」

 ふたりの食事は、やっぱり楽しい。これまでにも何度も来ている寿司屋のカウンターで、馬鹿な話をしながら大声で笑いあう。ベッドの上だけではなく、こうして話をしているだけでも、ミカと俺の相性の良さを感じる。でも、なんだか引っかかるものがある。これまでは全く意識をしたこともなかったけど、ちょっとした沈黙の時間が怖い。

「ほんまサエコの面接のときの表情が、おもろかったわ。」
「へー。」
「あ、話題を変えよか。」
「別に。」
「あ、うん。」

 これまで一切のタブーが無かった二人に、避けなければならない話題が出来た。だから、頭に浮かんだことを、そのまま口に出すことが出来ない。サエコに関する話題には、明らかにミカのテンションが下がるから、もう触れてはいけないようだ。そして、こんなことを考えながら会話をしていたら、やっぱり沈黙の時間が生まれる。

「ほな、そろそろ行こか。」
「どこに?」
「え?ミカの部屋。」
「そっか。そうだよね。」

 この日から三回くらいミカと会って、食事をして、もちろんエッチもしたけど、もう以前の俺たちには戻れないということを、お互いに確認し合っただけの時間だった。もしかしたら、サエコに襲撃されたあの日を最後に別れた方が良かったのかもしれない。特に別れ話のようなものもなく、ただ「ありがとう。楽しかった。」と言ってミカの部屋を出たのを最後に、メッセージを交わすことさえなくなり、ふたりの二年間の関係は終わった。

「おい、田附!」
「はい、もしもし、会長。」
「まだ、店におるんか?」
「はい。」
「ちょっと来い!椿や!」
「はい、すぐ行きます!」

 自宅には俺の居場所がないから、用もないのに店のオフィスで、ミカとの思い出に浸りながらダラダラしていたら、いきなりの会長からの呼び出しだ。気のせいかもしれないけど、なんか怒ってたように感じた。最近は俺もやっと怒鳴られることが少なくなってきたのに、なんやろ。祇園のクラブ「椿」やから、今日は朝までコースかもしれん。

 ハートブレイク真っ只中やから、あんまり厳しくしないでくださいね、会長。


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