この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百十話「ピンポーン」

time 2017/03/31

第二百十話「ピンポーン」

 プライベートに連動するように、仕事の方でもモヤモヤした状態が続いた。春先には本格的に動き出した雄琴出店プロジェクトだけど、結局、ソープランドの譲渡契約さえ締結することが出来ずに、そのまま年を越してしまった。出鼻をくじかれたから、徐々に俺のテンションも下がってきた。ミカとの密会のための口実作りには好都合だけど、このままの状態が続くのは辛い。

「お前、暇やったら北海道を見てこい。」
「クリちゃんのとこですか?」
「そうや。」
「会長も一緒に行かれますか?」
「俺は、雄琴の件で、他所に行かんとアカンねん。」

 雄琴に関しては、会長からの号令を待つしかない。ただ単に物件を購入するという話ではなく、ソープランド営業というドル箱利権を手に入れるための交渉だから、俺なんかが立ち入れる内容ではない。建設会社のオッサンからは、いつになったら工事を始めて良いのかと、催促の電話が三日おきくらいにかかってくるけど、早く始めたいというのは俺も同じ気持ちだ。

「明日から、北海道に出張になってん。」
「ミカちゃんと、一緒に行くの?」
「なんでやねん!」
「え?今、ドキってしたやろ?」
「ほら、俺、ずっとサエコのカバンを持ってるから。」
「あ、そやな。私が目を光らせてるからな。」

 俺としては、ミカとの浮気話を風化させたいんだけど、サエコはそれを許してくれない。事あるごとにミカの名前を出して、俺に対して警報を発令する。とはいえ、サエコの分身だと思ってカバンを持ち歩いているという話がお気に入りなので、これさえ言っておけば大丈夫そうだ。嫁が単純な思考の持ち主で、ほんまに良かったと思う。ありがとう、サエコ。

“明後日から、北海道への出張が入りました。”
“そうですか。しばらくは面会が出来ないですね。”
“明日は、近距離の出張を予定しております。”
“ほんとですか。よろしいですね。”

 西城さんとメッセージのやりとりをするようになって、もう四か月くらいが経った。もしもサエコに同じことをやるように言ったら、面倒くさいから嫌だと言って、一蹴されてしまうだろう。でも、ミカとは楽しいと思えることの感覚が似ているから、飽きもせずにビジネス風文書でのメッセージ交換が続けられている。やっぱり、俺にはミカが必要や。

「しばらく近距離の出張は無しだね。」
「北海道は二日だけやから。」
「でも、そのあともスグには会えないでしょ?」
「サエコには四日って言うてるから。」
「部長、さすがですね。素敵!」
「それでも、今日は、ヤリ溜めとかんとな。」
「二日も会えないからね!」

 飽き性な俺が、こんなに長く、ひとりの女のことを好きになれるとは自分でも驚きだ。心からミカのことが好きで、いつでもミカの身体を欲している。サエコと別れて、ミカと一緒になろうとは思わないけど、とにかく俺はミカのことが大好きだ。

 ミカとの時間を満喫して、最高に気分の良い状態で北海道に向かった。でも、クリちゃんと会って、すすきの店の現状報告を聞いたら、あっという間に憂鬱な気分になった。会長からの指令で来ているから、何かしら俺なりのアドバイスをしてあげたいと思っていたけど、クリちゃん自身がやるべきことは全てやっている。それでも結果は散々な状況だから、俺が手助けしてあげられることを見つけられず、そのまま帰りの飛行機に乗り込んだ。

「はい、もしもし。サエコ?」
「まだ、北海道やんな?」
「え、うん。そうやで。明日までやで。」
「イクラの漬けたやつ、買うて来て。」
「あ、うん。分かった。どこで売ってんのかな。」
「北海道やったら、どこでも売ってるやろ。」

 やばい。もう俺、大阪まで戻って来てるんやけど、どないしよ。梅田の阪神百貨店なら売ってるかな。昨日のうちに連絡をしてくれていたら、北海道の空港で買えたのに。ほんまにサエコはいつも、タイミングが悪いな。ああ、面倒くさい。

「俺、仕事で行ってんねんで。」
「急に食べたくなったんでしょ、奥さん。」
「そら分かるけど。タイミング悪すぎやん。」
「でも、見つかったんでしょ?」
「阪急の地下で売ってたけど、探し回ってんで。」
「わざわざ探してあげるのも、愛情の証かな?」
「俺の愛情は全て、ミカに注ぎ込んでるやん。」

 こうしてミカと話をしていると、自分の心が落ち着いて来るのが自覚できる。せっかく一緒にいるのに、サエコのことばかり話しているのが勿体なくなってきた。たった二日しか空いてないけど、早くミカを抱きたい。たぶん、ミカも同じ気持ちのはず。おもむろに立ち上がってズボンを脱ぎ、シャツも脱いで、阿吽の呼吸でベッドインしようとしたところで、ミカの部屋のチャイムがなった。

ピンポーン。

 そして、扉の向こうから、廊下に反響する叫び声が聞こえた。

「サエコです!田附の妻です!」


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