この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第二百五話「相槌係」

time 2017/03/24

第二百五話「相槌係」

 カオルコのお受験面接の当日の朝、気持ちよく寝ているところをサエコに叩き起こされた。まだ朝の六時半、もう少し寝かせて欲しいとサエコの手を払いのけたんだけど、何度も身体を揺すられて、仕方なく起き上がった。なにか文句を言ってやろうと思ったものの、サエコが真顔で俺を見ていて、頬のあたりが引きつっている。文句を言えるような雰囲気ではない。

「どないしたん?」
「今日はな、カオルコにとって大事な日やから。」
「うん、そやな。」
「私らが緊張してたら、本人も緊張してしまうからな。」
「うん。」
「普段と同じような感じで、カオルコに接するんやで。」

 おそらく、お受験をする子を持つ親向けの本や雑誌の「ご両親の面接当日の心得」みたいな項目に書いてあることを、そのまま喋っているんだろうけど、なんだか目つきが厳しいし、笑顔ひとつ見せずに話すので、めっちゃ怖い。

「サエコ、作戦は分かってるな。」
「うん、分かってる。」
「サエコは、相槌する係やからな。」
「うん、しっかり相槌する。」
「よっしゃ。頑張ろ。」

 昨晩、面接の前日はしっかりと寝ないと化粧のノリが悪く、目などに疲れが見えてしまうので、普段よりも早く寝るようにというマニュアルに従って、十時過ぎくらいには家族全員がベッドに入った。でも、十時半くらいにサエコが耳元で「私、ちゃんと喋れるか不安やわ。」と言い出して、全く寝付けないような雰囲気だったので、「出来るだけ俺が全部を答えるようにするから、サエコは黙って頷いといて。」という作戦を言い渡した。

「やっぱり私、紺の方にしようかな。」
「もう、そろそろ出る時間やで。」
「まだ、着替えられるし。」
「どっちでも良いって。誰も見てへんし。」
「面接官の人らは見るやろ。」

 出発ぎりぎりまで、自分の身なりのことで悩んでソワソワしている母親に対して、カオルコの方は格段に落ち着いていて、俺と二人で面接ごっこを楽しんでいる。この年齢の子にとっては、自分の人生において今日の面接がどれほど重要なものかなんて判断できないから、お遊戯の発表会当日のような気分でいるようだ。やっぱり、本番に強い俺の血を引いてるんやろな、カオルコは。

 面接会場である学校までの間も、サエコだけ落ち着きがない。コンビニを見つけるたびに「ちょっと待ってて。」と言って、トイレに駆け込む。子供の前では緊張した様子を見せないようにするっていうのを守ろうと必死なのは分かるねんけど、毎回トイレに行く度にメイク直しもするから、どんどん化粧が濃くなっていってんねん。ほんま、大丈夫かな。

「お母さん、大丈夫?」
「え?何が?大丈夫やで。」
「お腹、痛いの?」
「ううん。何を言うてんの?」
「大丈夫なら、別に良いけど。」

 どう見てもカオルコの方がしっかりしてるやん。学校が近づくにつれて、同じ小学校を受験するのであろう子供たちとその両親の姿が目立ち始めた。それを見たサエコが、さらに緊張して、歩き方さえもぎこちなくなりはじめた。そして、待合室では緊張がピークに達し、ひと言も喋らなくなり、硬直して無言のまま面接に挑むこととなった。

「カオルコちゃん、好きな本は何ですか?」
「はい、赤ずきんちゃんが好きです。」
「どうして、その本が好きなんですか?」
「嘘をついたオオカミが、猟師さんに懲らしめられるからです。」
「カオルコちゃんは、嘘をつきますか?」
「はい、時々、嘘をつきます。」
「どんな嘘ですか?」
「お父さんが出張でいない時に、寂しいの?と聞かれても、寂しくないって答えることです。」

 きっと想定問答で練習したことなんだろうけど、いつの間にか自分の娘が立派に成長していて感動した。嘘をつくって答えた時には、大丈夫かって不安になったけど、めっちゃ感動的な答えを返してるやん。俺も、懲らしめられないように嘘はついたらアカンな。

「お父様は、どのようなお仕事をされていますか?」
「経営コンサルタントをしております。」
「ご出張が多いとのことですが、どちらに行かれますか?」
「最近では、札幌や松山、それから、滋賀県にも行きます。」
「具体的には、どのようなコンサルタントをされますか?」
「女性が活躍できる環境作りをサポートしています。」
「それは素晴らしいですね。」

 約十五分間の面接で、サエコが発した言葉は「はい。」を三回くらいで済んだ。あまりに緊張している様子を見て、面接官が気を使ってくれたのかもしれない。

「はぁ、カオルコも、パパも、お疲れさま。」
「うん、疲れたな、カオルコ。」
「疲れたら、お腹がすいたねぇ。」
「サエコは、何もしてへんやん。」
「もう頷きすぎて、首が痛いわ。」


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