この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百八十六話「分かりました」

time 2017/02/10

第百八十六話「分かりました」

 ずっと雲の上の存在だと思っていた会長と、こうして二人だけになることなんて、たぶん初めてだ。いつもは威圧感を周りに撒き散らしているような会長だけど、今日は妙な安心感のようなものを感じる。そういえば佐伯さんが昔、「あの人には全部が見えてる。」と言っていた。たぶん、この落ち着いた雰囲気が、本来の会長なのかもしれない。

「お前は、裏切り者やからな。」
「なんですか、いきなり。」
「裏切り者やん。」
「いや、裏切ってませんて。」
「自分で店を持って、裏切ったやろ。」
「それは違いますって。」
「あの店、わりと儲かってたな。」
「え、はい。」
「家賃も遅れたことなかったし。」
「遅れたら、めっちゃ怒られると思って。」

 俺がやっていたピンクデザイアのことなんて、全く関心を持っていないのかと思っていたのに、家賃の振り込み状況まで覚えているとは、やっぱり恐ろしい人だ。しかも、儲からなくて閉めたわけではないということまで、お見通しのようだ。本当に、全部が見えている。

「会長、俺、三割、出させてください。」
「三割?」
「すすきのの店です。」
「やめとけ。」
「え?」
「せいぜい一割やろ。」
「いや、三割、お願いします。」
「次の弾がなくなるやろ。」
「いや、そんなことはないです。」

 会長が言う「次の弾」の意味を十分に理解しないままに、反射的に言葉を返してしまった。もちろん、札幌以外の別の都市への進出計画という意味なんだろうけど、そんな話は全く聞いていない。

「お前、自分で店をやって、何も学んでないんか?」
「どういう意味ですか?」
「そんなもん、自分で考えろや。」
「すみません。」

 俺が自分で店をやって、学んだ教訓ってなんだろうか。女の子同士のイザコザに巻き込まれたら駄目だということか。いや、そんなことはマネージャーレベルの人間の考えるべきことだ。もっと、高いところからの視点で、俺が学んだことって何かあるんかな。

「とにかく、一割にしとけ。」
「分かりました。」

 めっちゃ気合を入れて挑んだはずの面談なのに、結局、会長に言われるがままに「分かりました。」って受け入れただけで、終わってしまった。自分が出資をして、オーナーという立場から事業を見るという考えに至っていなかった自分が情けない。会長と同じレベルで物事を判断できるとは思わないけど、もう少しまともに話が出来ると思っていた。

 情けないと言えば、もうひとつ。ミカに送った情けないメッセージに返信が届いていて、「アッシー君、そのうち呼び出すかもしれません。待っててくださいね。」という俺が想像していたのとは違う内容だった。どれだけミカのことが好きかを表現したかっただけなのに、なんで俺が送った文面をそのまま受け入れてんねん。オンナの送り迎えだけして、何が楽しいねん。

「前田、今晩、飲みに行くぞ。」
「あれ、直帰じゃなかったんですか?」
「飲みたいねん。付き合えや。」
「はい、分かりました。」
「女の子も、行ける子がおったら、一緒に行こ。」
「分かりました。何人か誘ってみます。」

 久しぶりに前田や、アルバイト、女の子たちと一緒に、思いっきり酒を飲んだ。日常的に女の子たちと関わっている前田の方が、俺なんかよりも人気があって、ちょっとムカついたけど、まぁ仕方がない。イツキちゃんだけが俺の横に座って、「店長と飲めるなんて嬉しい!」と言ってくれる。この子、ええ子やなぁ。

「ほな、みんな、年末まで頑張ってや。」
「はーい。」
「前田、お前には期待してるからな。」
「はい。」

 風俗業界にとっても書き入れ時である十二月は、連日の最高売り上げ更新で、嬉しい悲鳴が続いた。吉田と前田のコンビが上手く協力し合いながら、うちが抱えている女の子たちを総動員してシフトを回し、どうにか乗り切った。同じグループだけどライバルでもある上階のピチピチマダムが好調なのが良い刺激になって、特に吉田が奮闘していた。

 こんな感じであっという間に年を越したから、正月はゆっくりと家族と一緒に自宅で寛いだ。去年は色んな事があったけど、今年は家族の年にしようと思う。仕事がバタバタしているから、プライベートは大人しくして・・・、って考えていた矢先、「あけましておめでとう。」さえ無いミカからのメッセージが届いた。

“アッシー君、出動お願いします。”
“どこに行くの?”
“大阪です。急ぎです。”
“分かりました!喜んで!”


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