この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百八十五話「出資」

time 2017/02/09

第百八十五話「出資」

 日を追うごとに寒さが増してきて、そろそろ年末モードに気持ちを切り替えなければならないと思いつつも、ひとつの悩みが頭のなかを巡っていて、なんだか気分が乗らない。ミカとの連絡が途絶えていることも悩みと言えば悩みだけど、もっと大きな悩みに頭を抱えている。

 クリちゃんが札幌での居残り視察を終えて戻ってきてから、幹部会議が招集された。自分が店長を任されることになったクリちゃんは、さすがに当事者としての意識が芽生えたらしく、周辺エリアの風俗の客層や客単価、女の子の日給、給料体制など、かなり細かな部分までしっかりと調べ上げていて、会長からも「よう調べたな。」と満面の笑みで褒められていた。

 このクリちゃんの報告を受けて、会長から「この店に出資したいやつは、出資せえ。俺と対等の共同経営者や。来週の火曜日までに答えをくれ。」という宿題が出された。その火曜日というのが今日だ。さっき会長に電話をかけて、夕方に時間を取ってもらった。まぁ、この件に関しては、なにも悩むことはない。俺の答えは最初から決まっている。

「あー、どないしよ。」
「大丈夫ですか?」
「うわ、吉田。」
「そんな驚かんといてくださいよ。」
「お、おう。」

 俺が今、真剣に悩んでいるのは、この吉田に関することだ。グループの部長になって、これからますます店の外の仕事が増えてくるだろうから、そろそろ店長という仕事を誰かに譲って、店のなかのことを任せなければならない。大げさにいうと後継者問題っていうやつだ。

「吉田、仕事、どう?」
「え?なんですか急に。」
「いや、最近、あんまり話を出来てないから。」
「最近、めっちゃ楽しいですよ。」
「仕事が?」
「はい。良い女の子が揃ってきましたし。」
「そうか。」

 俺も昔はマネージャーをしていたから、吉田の気持ちは分かる。ビクビクしながら風俗業界に入ってきて、上司の命令に怯えながら仕事をこなす日々が続いて、そんな毎日のなかで店の仕事を覚えていく。ほとんどの新人は、この時期に耐え切れずに辞めていく。でも、これを乗り越えると、いつの間にかマネージャーという仕事を任され、最初の頃は何をするべきなのかと戸惑うけど、自分が何をすべきかに気付いたとき、とにかく仕事が楽しくてたまらなくなる。吉田の場合は、鮫島部長に殴られた事件をきっかけに、色々とふっ切れたような感じがする。

「おはようございます、部長。」
「おう、前田、おはよう。」
「それにしても寒いですねぇ。」
「お前、暑いとか、寒いとか、うるさいねん。」
「すみません。」
「ってか、お前、来るの早いな。」
「え?定時ですよ。」
「まじで。うわ、こんな時間やん!」

 吉田に続いて、前田のことにも思いを馳せようかと思ったけど、それどころじゃない。会長と約束した時間まで、あと三十分しかないやん。

「俺、本社に行ってくるわ。」
「はい、いってらっしゃい。」
「たぶん、そのまま帰るから。」
「分かりました。」

 会長は、かなり時間に厳しい人だから、絶対に遅れるわけにはいかない。遅刻を理由に、俺の札幌店への出資を断られたりしたら最悪や。あの最高の立地で、ピチピチグループが店を出して、儲からんはずがないねん。できれば他の幹部よりも多めに出したいから、その交渉をする大切な面談だ。絶対に遅れたらアカン。

 とにかく全速力で、本社の会議室に向かうことだけに集中したいのに、こんな時に限って、ミカからの二十日ぶりくらいのメッセージが届いた。会長との話し合いのあとで返信したい気分だけど、「もう会わない方が良いと思う。今までありがとう。」なんて内容だから、放置するわけにはいかない。焦りながらも、返信だけしてから、本社のエレベーターに乗り込んだ。

「会長、おはようございます!」
「おう。座れ。」
「はい!」

 さあ、会長と俺との真剣勝負が始まる。もしかしたら、俺にとって人生を左右するような重大な時間になるかもしれない。ついさっき「メッシーでも、アッシーでも何でもやるから、これからもミカと会いたい。」という情けないメッセージを送ったばかりの男が、会長に挑む。


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