この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百八十四話「降格」

time 2017/02/08

第百八十四話「降格」

 ついさっきまでの楽しい時間が、まるで夢だったように感じられる。ひとりでタクシーに乗って自宅に向かいながら、ミカにメッセージを送ったり、電話を掛けたりしてみるけど、全く反応がない。飯だけ食って、エッチもせずに別れるなんて初めてのことだ。もう俺、セフレからメッシー君に降格してもうた。

「ただいま。」
「おかえりなさーい。」
「ああ、疲れたわ。」
「カニ、どこ?カニ、カニ。」
「俺よりもカニが楽しみなんやん。」
「当たり前やん。」

 そのカニのせいで、主人がどんな辛い思いをしているのかを知る由もないサエコは、カオルコと一緒にカニを持ち上げて喜んでいる。小学生の男の子が、ラジコンか何かを買ってもらった時のように興奮しているんだけど、残念ながら俺は、そのテンションには合わせられそうにない。

「先に寝るで。」
「うん、しっかりお休み。」
「はい。」

 翌朝、店に着くと、北海道にいるはずのクリちゃんが俺を待ち構えていて驚いた。かなり落ち込んでいる様子で、今にも泣きそうな顔をしている。北海道で何かあったのか、すすきのの店を担当することになって嫁と喧嘩したのか、あまり触れたくない雰囲気だけど仕方なく声を掛ける。

「クリちゃん、おはよう。」
「俺、降格ですかね?」
「はぁ?」
「専務から、店長に降格ですかね?」

 たしかに専務っていう最高格のポジションにまで辿り着いたのに、いきなり「現場に戻れ!」って怒鳴られて、札幌の店の担当をさせられるんだから、そういう不安を感じるのも分かる。俺だって、もう少しでミカと付き合えるってところまで辿り着いたのに、今ではメッシー君に降格してしまったような気がして、不安が募る。

「クリちゃん、気持ちは分かるで。」
「ほんまですか。」
「うん。」
「ありがとうございます。」
「俺も降格の危機やから。」

 それからしばらくクリちゃんとお互いを慰め合うように話をしていたけど、いつの間にかクリちゃんは姿を消していて、俺ひとりだけがオフィスに取り残されていて、さらに寂しい気持ちになった。なんでミカとの関係が、上手くいかないんだろう。ほんまにベストパートナーやと思うねんけど、どうも歯車が噛み合ってない気がする。

「おい、田附、すぐ来い!」
「え、あ、はい。会長。」

 急に会長から呼び出された。北海道では機嫌よく別れたから、特に怒られるような用件は無いはずなんだけど、間違いなく怒っているときの口調だったから、かなり怖い。本社ビルのボロいエレベーターにイライラしながらも会長室に着くと、会長だけでなく、石川部長も鮫島部長も、そしてクリちゃんもいる。あと、見たことがないような面子も何人か混ざっていて、かなり重苦しい雰囲気だ。

「田附!」
「は、はい、会長。」

 五メートルくらい離れた場所から名前を呼ばれただけなのに、会長の顔面だけが俺の目の前に飛び出してきたかのような錯覚がして、思わず身体をのけぞる。早く席に着かないと、また怒られるのは分かっているから、急いで空いている場所を探して座ろうとするんだけど、身体が動かない。

「田附、お前は、そのまま立っとけ!」
「はい、会長。」
「栗橋、お前は、店長に降格や!」
「えええ、そんな。」
「石川、お前も、店長に降格や!」
「えええ、そんな。」
「鮫島、お前も、店長に降格や!」
「えええ、そんな。」

 一体、なにが起こったんだろう。俺には全く事態が呑み込めない。次に名前を呼ばれるのは俺じゃないかと身構えているんだけど、次々と他の人間の名前が呼ばれ、次々と降格が宣告されていく。そして、いよいよ俺の順番が回ってきた。

「田附!」
「はい!」
「お前は、メッシーに降格や!」
「え?は、はぁ?」
「ヒロキは、メッシーに降格!」

 ピチピチグループの幹部や店長たちが集まる会議室の一番奥、本来なら会長が座っている席に、いつの間にかミカが座っていて、俺に対して「降格!降格!」と繰り返し叫び続けるところで、「嫌や!降格だけは許して!」と、うなされながら目覚める。

 北海道から帰ってきて二週間ほど、ずっとこの夢ばかりがヘビーローテーションしてて、まともに寝付けない日々が続いている。


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