この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百七十六話「田附、パパ、ヒロキ」

time 2017/01/27

第百七十六話「田附、パパ、ヒロキ」

 僅か二時間くらいの会議だったけど、普段の倍くらい疲れた。ピチピチグループを全国区の風俗グループにするという会長の野望が、本格的に動き出す。そして、専務の栗橋を筆頭に、俺と石川、鮫島の三人が、部長職の幹部として、会長を支えることになる。正直、身震いが止まらない。

「会長、久しぶりに今晩、ご一緒できますか?」
「そうやな。祇園で出陣式や!」

 鮫島店長、いや、鮫島部長は、自分の店にいるときは硬派な印象があるけど、自然な感じで会長の懐に入るのも上手い。まさに絶妙なタイミングで「ご一緒できますか?」なんて誘い方をされたら、会長も気持ちが良いに決まってる。こういう人を、スマートでデキるビジネスマンって言うんやろな。

 会長と一緒に飲みに出掛けるのも、たぶん二カ月ぶりくらい。おそらく、色んな方面の大物たちとの密談を積み重ねて、京都から外へと進出するための根回しをしていたんだろう。決して、大阪にいる愛人宅に熱心に通っていて、京都を留守にしていたわけではない。

「グループの前途を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「ちょっとママ、俺のグラスが来てないねん。」
「あら、田附さん、ごめんなさい。」
「もう、乾杯に出遅れたやん。」

 店長会議のあとの飲み会は、会長が誰かを標的にして延々と説教をする会だから、酒の味が感じられない重苦しい雰囲気なんだけど、今日は誰も怒られず、ただただ楽しい時間だ。この席に、佐伯さんが居ないのは本当に残念だけど、俺自身も安泰ではないわけだから、しっかりと気合いを入れて頑張らないといけない。

「俺、先に帰るわ。」
「え?会長、ほんまですか?」
「明日も朝から、名古屋やねん。」
「そうですか。分かりました。」
「お前らは、まだ飲んで行けよ。」

 会長が出て行ってから数分経って、鮫島部長も帰った。二人がいなくなった途端に、深々と座っていたソファから身を起こた石川部長が、「さぁ、飲みましょう。専務、今日は朝まで付き合ってくださいよ。」と急にテンションをあげるんだけど、誘われた方のクリちゃんは「ごめん。俺、うちに帰らんと・・・」と、つれない返事をする。

「あ、やばい!手巻き寿司!」
「どうしたんですか?田附部長?」
「あかん、ごめん。俺、帰るで。」
「ちょっと、待ってくださいよ。田附さんまで。」
「ほんま、ヤバいねん。ごめんやで!」

 会議のことで頭がいっぱいで、完全に忘れていた。すでに十時を過ぎているのに、サエコからは電話のひとつもない。山ほど着信があるのも怖いけど、全く着信がないのは、もっと怖い。スグに店を飛び出して、タクシーを捕まえて、自宅に急行した。

「ただいま。」
「おかえり。」
「ごめん、遅なった!」
「先に、手巻き寿司、食べてしもたからな。」
「楽しみにしてたのに。」
「へー。」
「もう無いの?」
「これ、カオルコちゃんが作ってくれたよ。」
「え、俺のために?」
「そう、パパの分、私が作るって。」

 今後は一切、俺のことを計算に入れずに夕飯の用意をすると、ぶつぶつと文句を言いながらテレビを見ているサエコに、「今日なぁ」とか「実はなぁ」とか声を掛けてみるんだけど、番組に夢中で全く相手にしてもらえない。仕方なく、コマーシャルに入るのを待ってから改めて話しかけてみる。

「あ、サエコ、今日なぁ・・・」
「なによ?」
「俺なぁ・・・」
「だから、なに?」
「グループの部長に昇格してん。」
「あっそ・・・え、うそ?ほんまに?」
「うん、ほんまやで。」
「すごいやん!」

 また番組が始まったけど、もう興味が無いらしく、俺の方を向いて嬉しそうに色んな質問をしてくる。なんとか機嫌を直してくれて良かった。こんな感じで、素直に喜んでくれると、俺も嬉しい。なんとなく話の流れで、付き合い始めてからの思い出話にも花が咲き、夫婦水入らずの幸せな時間が過ぎるなか、テーブルに置いてある俺の携帯電話が鳴った。

「ん?電話、出えへんの?」
「なんか仕事の電話やから。」
「出たらええやん、田附部長。」
「おう、そやな。部長夫人。」

 電話の相手は、今この時間に、最も相応しくない人物からだ。目の前でニコニコと俺の方を見つめているサエコがいる。いまさら、離れたところに行って電話に出るのも不自然だ。俺、いきなりピンチやん。いつもメッセージで連絡してくるのに、なんで今日に限って、電話やねん。

「もしもし、田附です。」
「あ、ミカです。」
「あ、うん。どうし・・・どうされましたか?」
「え?あの、私。」
「はい。」
「ヒロキのことが好き。ちゃんと付き合いたい。」
「え、ほんま・・・本当ですか?」
「うん。」
「とても良いですね。ありがとうございます。」
「何それ、もっと喜んでくれると思った。」
「はい、嬉しいですよ。」
「ヒロキのバーカ!ばいばい!」


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