この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百七十五話「アワアワ」

time 2017/01/26

第百七十五話「アワアワ」

 俺の真向いに座っている石川店長が「ほうら、俺の言うた通りでしょ。」と言いたげな表情を浮かべている。単なるウワサ好きな男かと思っていたけど、実際に会長の口から「京都を出ていくことに決めた。」なんて言葉が飛び出した今、その認識を改めざるをえない。それにしても会長が、ひとりのオンナのために仕事を放り投げるとは、本当に驚いた。そして、次の言葉に、さらに驚いた。

「お前らも一緒に来てくれよ。」

 いったい何を言うてんねん。今日の店長会議は、いつもより面子が少ない。栗橋専務、石川店長、鮫島店長、そして俺。会長との距離が近く、グループ内でも稼げている店舗の店長しか呼ばれていない。そんな四人が今、揃いも揃って、会長が何を言い出したのか全く理解できないでいる。

「田附、どうや?」
「え?」
「また、お前は、話を聞いてなかったんか!」
「いや、あの。」
「どっちやねん!出るんか、出んのか?」
「もうちょっと詳しく教えてください。」
「あぁ?」
「俺、アホなんで、何のことか分かってないです。」
「お前、ほんまにアホやねんな。」
「はい、すみません。」
「だから、京都の外にも、うちの店を出すって言うてんねん!」
「え、ええぇ!!」

 一瞬、石川店長に対して、強い殺意を覚えたけど、もうそれどころの話じゃない。会長が、とんでもないことを言い出した。どうして、この四人だけが呼ばれたのかも、すぐに理解できた。やっぱり、この人は、只者じゃない。

「そんなことして、大丈夫なんですか?」
「石川、大丈夫やから言うてんねん。」
「そんな話が、良くまとまりましたね。」
「俺が、まとめたんや。」

 会長が創業したピチピチグループは、京都市内に、いくつもの有名店を抱えている。京都を代表する風俗グループだと言っても、誰も文句を言って来ないだろう。だから、もしも一般の企業であるならば、京都で成功して体力があるから、次は別の都市にも進出して、さらに企業を大きくしようというタイミングだろう。

 でも、俺たちは風俗グループだから、そんなに話は簡単じゃない。何も考えずに思い付きで複数都市をまたいだ店舗展開をしようものなら、歴史や伝統、義理や人情を重んじる人たちが続々と登場して、法律の外側にあるルールで裁かれることになる。だからこそ、会長が突然に言い始めた京都以外の都市への進出計画は、とんでもないことだ。

「田附、どうや?」
「え?」
「また、お前は、話を聞いてなかったんか!」
「いや、あの。」
「どっちやねん!出るんか、出んのか?」
「出ます、出ます。会長について行きます!」
「よっしゃ。分かった。」

 栗橋専務、石川店長、鮫島店長という順番で、会長は同じ質問をした。もちろん、全員が俺と同じく「会長について行きます。」と答えた。なんでこういう時に限って会長は、最初に俺に質問をするんやろ。いきなり聞かれるから、俺だけアワアワと狼狽する感じになって、かっこ悪いやん。

「それからなぁ、田附。」
「は、はい。」
「明日、店に弁護士の先生を行かせるから。」
「弁護士ですか?」
「そや。」
「俺、なんも悪いことしてませんよ。」
「アホ、ちゃうねん。会社の設立や。」
「会社?なんのですか?」
「お前の会社や。田附株式会社でも何でも好きな名前で会社を作れ。」

 これもまた、他の三人にも同じように伝えられる。最後に順番がまわってくる鮫島店長は「了解いたしました。」なんて、めっちゃ落ち着いた感じで答えてるやん。俺ももう三十九歳やねんから、しっかりとした受け答えくらい出来るっちゅうねん。順番さえ、順番さえ違えば。

「鮫島。」
「はい、会長。」
「お前、今日からグループの部長に昇格や。」
「はい、ありがとうございます。」
「石川。」
「はい。」
「お前も、一緒や。部長に昇格。」
「ありがとうございます、会長。」
「田附。」
「あ、は、はい。」
「お前もや。」
「ほ、ほんまですか?」
「誰が冗談で、こんなこと言うねん、アホ!」

 急に順番が変わったから焦ってしまって、上手いこと答えられへんかったやん。また、アホって怒鳴られてるし。もしかしたら、俺だけ店長のまま昇格なしかと思って、めっちゃビビった。

 ひとりでアワアワしている間に俺、ピチピチグループの部長になってもうた。


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