この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百六十九話「レッツゴー!」

time 2017/01/18

第百六十九話「レッツゴー!」

 どうして病院に行くのに服装を気にする必要があるのとか、具合が悪いならタクシーで行けばいいのにとか、サエコからの鋭い質問の数々を潜り抜けて、なんとかクルマに乗り込んで自宅を出た。今朝も依然として体調が悪い演技を続ければならなかったために、少し自宅を出るのが遅れたけど、ミカの住んでいるマンションまでは、さほど距離もないから、時間通りにピックアップできそうだ。

 出会ってから二か月以上が経ち、既に何度もベッドで絡み合っているけれど、相変わらずミカの美しさには見とれてしまう。まだ、百メートル以上の距離があるけど、道路脇に立つミカは輝いて見えるし、近づけば近づくほど、さらにその美しさに気持ちが高揚する。

「ミカ!ミカちゃーん!」
「あ、ヒロキ。」
「おはよう。」
「え、これ、自分のクルマ?」
「うん、当たり前やん。」
「ジャガー?これ、ジャガー?」
「そうやで。前にも言うたやん。」
「聞いてないよ。」
「そうやったっけ?」
「ジャガーの助手席なんて、嬉しい。」
「俺も、ミカと昼間にデートできて嬉しいわ。」

 病は気からとは良く言ったもので、昨日からの仮病のせいで本当に少し体調が悪くなっていたんだけど、ミカと会った瞬間に全てが吹き飛んだ。ミカはミカで、ドライブデートを楽しみにしてくれていたようで、普段よりもテンションが高い。

「ねぇ、何か音楽をかけても良い?」
「うん、そこを開いて。CDがメッチャ入ってるから。」
「ここ?」
「うん。」
「うわ、ほんとにギッシリ!すごい!」

 助手席のミカが、はしゃいでいる。まだ一般道を走っているから、あまりミカの方ばかり見ていられないけど、彼女が隣でニコニコしているのを感じるだけで幸せな気持ちになる。信号で止まる度に、彼女の横顔を眺める。真剣な表情でCDを選ぶ顔もまた可愛い。

「そろそろ、高速に乗るで。」
「ちょっと待って。」
「どないしたん?」
「今日のドライブ、中止!」
「ええ。」

 さっきまで上機嫌だったはずなのに、いったい何があったのか。楽しそうにCDを選んでいたから、俺は黙って運転していたんだけど、それが不満だったんだろうか。

「わたしの知らないアーティストばっかり!」
「え?」
「BGMが悪いと、ドライブも楽しくないから。」
「俺、メタル好きやから、偏ってるかな。」
「偏りまくりでしょ。」
「ごめんな。」
「あ、あそこ、ツタヤ!」
「ほんまやな。」
「ゴー!レッツゴー!ツタヤ!」

 駐車場にクルマを停めると、ミカは俺を待たずに店内に駆け込んでいった。俺がゆっくりと店に入っていくと、すでにミカは、お気に入りのCDを手にしており、あっという間に会計を済ませると、またミカが先にクルマの方に走っていって、早くドアを開けるようにと俺を急かした。

 ミカが選んだのは、沖縄出身のHYというバンドのアルバムだった。タイトルは知らないけど、最初の曲の歌い出しの歌詞が、今の俺の心境と重なって、なんだか嬉しい。

「レッツゴー!姫路キャッソー!」
「よし、ちょっと飛ばすで!」
「お願いしまーす!」

 京都南の入り口から大阪方面は、少し渋滞しているという表示が出ていたけど、ほとんど混んでいる箇所もなく、とても順調だ。一時はどうなることかと思ったけど、もうミカの機嫌はすっかり直っていて、曲を口ずさむ声が次第に大きくなる。

「あ、ごめん、ちょっと電話。」
「仕事?」
「いや、サエコから。」
「私が、代わりに出ようか?」
「なんでやねん。ちょっと音量をさげて。」
「はーい。」

 電話に出た途端に「大丈夫?」と聞かれたから、いったい何のことなのかとスグには理解が出来なかったけど、そういえば俺は今、病院に来ているんだった。とりあえず、病院の待合室に居るという設定にして「今、順番待ちやけど、まだ時間がかかりそう。」と言って、電話を切った。

「あれ、どこが具合が悪いの?」
「いやいや、絶好調!」
「仮病でズル休みしてドライブって子供みたい。」
「二人の子持ちのオッサンやけどな。」
「よし!行け!子供みたいなオッサン!レッツゴー!」


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