この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百六十五話「岸本さん」

time 2016/12/22

第百六十五話「岸本さん」

 朝から店に出勤して来たものの、ケータイで出会い系サイトを流し見たり、ミカの誕生日のプレゼントを考えたり、いまいち仕事に身が入らない。売り上げは順調に伸びているし、吉田と前田もマネージャーとして成長しているから、そもそも俺の仕事って何が残っているのか分からない状態ではある。

「店長、夕方から全体ミーティングです。」
「おう。」
「よろしくお願いします。」
「分かった。」

 今日が全体ミーティングだから、明日は店長会議だ。会長と面と向かって話をするのには、まだ緊張感があるけど、それでも、今のうちの店の状況を見て、思いっきり怒られることもなさそうだ。梅雨時で客足が遠のくはずの六月の売り上げが、稼ぎ時である十二月の売り上げを上回ってるんやから、もう十分やろ。

「もしもし、栗橋です。」
「おう、クリちゃん。どないしたん?」
「明日の会議、無しになりました。」
「はぁ?」
「今月は、無しです。」
「なに?会長、具合でも悪いの?」
「いや、元気すぎて困ってるくらいです。」

 いよいよ、俺の仕事がなくなってしまった。一応、店の全体ミーティングはするけど、元々は店長会議のための事前準備という意味合いの強いミーティングだから、あまり真剣には取り組めそうにない。

「吉田、俺、ちょっと出掛けてくるわ。」
「本社ですか?」
「いや、別件。」
「分かりました。」
「夕方までには戻るから。」

 いくら暇だからといって、オフィスに引きこもったままで、ボケっとしているのは嫌いだ。俺は常に動き続けていたい。何も仕事をしていないのに、デスクで偉そうにふんぞり返っているような自分を想像しただけで、気が滅入る。今、自分がやるべきことを真剣に考えて、すぐに行動に移すのが俺のやり方だ。

「いらっしゃいませ。」
「あの、コーチのバッグなんですけど。」
「はい、コーチですね。あちらです。」
「ありがとうございます。」

 高島屋の婦人物売り場に来た。ミカの誕生日に、彼女の好きなブランドのバッグを贈ることに決めたからだ。インターネットで調べれば、写真を見ることが出来るけど、買い物は実際の店舗に足を運んだ方が、絶対に良いに決まってる。

「ご贈答用ですか?」
「はい、そうです。」
「奥様ですか?娘さんですか?」
「嫁、あ、いや、娘です。」
「左様でございますか。それでしたら・・・」

 百貨店のひとって、いつも澄ました顔をして接客しているけど、もし俺が「嫁とは別の若い彼女の誕生日のプレゼントを買いに来ました。」って言ったら、どんな顔をするんだろうか。ちょっと厚化粧ぎみだけど、おそらくまだ二十代半ばくらいの清楚な雰囲気の女の子だ。左胸のネームプレートには、岸本芳江と書いてある。

「あの、彼女にプレゼントなんですよ。」
「え?」
「岸本さんと同じ年くらいの子と付き合ってて。」
「は、はぁ。そうでしたか。」

 少し戸惑った表情を浮かべたものの、岸本さんは手にしていたバッグを戻して、もう一度、他のバッグを選び直してくれている。そら、たしかに、俺の娘として想定する年齢と、二十代半ばでは、生活スタイルが違うはずだから、お勧めするバッグも違ってくるのだろう。

「こちらなど、いかがですか?」
「大きすぎるんちゃうん?」
「ゆったり目の方が、普段使いには便利だと思いますが。」
「岸本さんも、これくらいの大きさのを使ってるの?」
「はい、もう少し大きめのものを。」
「そうか。そしたら、これにするわ。」

 岸本さんが選んでくれたバッグは、派手なものではなく、さりげなくブランド物だと分かる程度のシンプルなデザインで、まさにミカに似合いそうだ。やっぱり、インターネットよりも、百貨店の方がええわ。

「お支払いは、現金でしょうか?カードでしょうか?」
「現金で、お願いします。」
「かしこまりました。」

 こういう買い物をクレジットカードでしてしまうと、明細を見たサエコにバレる危険性があるから、現金に限る。ストラップの件は迂闊すぎたから、殺されないための細やかな警戒を怠ってはならない。

「領収書は、ご入用ですか?」
「はい、お願いします。」
「お宛名は、いかがいたしましょうか?」
「あ、これでお願いします。」
「はい、お名刺、お預かりします。」

 もちろん、会社の経費で落とせるわけがない買い物だ。岸本さんが「お名刺、ありがとうございました。」と返そうとするタイミングで、「いい買い物が出来て嬉しかったです。もし良かったら一緒に食事に行きましょう。」と言って、名刺を受け取るのを断る。ただ、これが、やりたかっただけ。

 まぁ、百貨店の子が、お客さんに電話してくるなんて考えられへんけどな。とはいえ、いつ何時でも、僅かな可能性のために精一杯の努力をせなアカンと思うねん。


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