この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百六十一話「バッグ」

time 2016/12/16

第百六十一話「バッグ」

 女の勘っていうのは、恐ろしい。忘れていたけど、サエコも女だった。深夜に帰宅した旦那が手にしている携帯電話にぶら下がっているグッチのストラップに気付くとは思わなかった。

「いや、店の女の子たちから貰ってん。」
「みんなからのプレゼントってこと?」
「そうやねん。」
「なんかセコいプレゼントやな。」
「セコないわ。わざわざ買ってくれたんやで!」

 自分に後ろめたいことがある状況で、思わず大きな声を出してしまった。不満そうな顔を浮かべたままのサエコは、何も言わずに寝室へと入っていった。

 すぐに追いかけたら、また話の続きをすることになりそうだから、特に面白くもない深夜の通販番組をしばらく眺めてから、さっき入ったばかりだけど、もう一度、風呂でシャワーを浴び、サエコを起こさないように静かにベッドに入る。

「浮気したら、殺すで。」

 なにか聞こえた。サエコを見ると、寝息を立てて寝ているようだけど、俺の耳には確実に「殺すで。」というサエコの声が聞こえた。さすがにストラップをぶら下げた携帯電話を手に持って帰るのは迂闊だったと後悔する。こういう小さなミスが積み重なって、最悪の事態が生まれるものだ。注意せなアカンわ。俺、殺されたないもん。

 翌朝、リビングで子供たちの面倒をみるサエコは、いつも通りのサエコだ。玄関まで笑顔で来てくれて、「お仕事、がんばってください!」と元気に見送ってくれた。もしかしたら、「殺すで。」は、ただの空耳だったのかもしれない。

「おはようございます。」
「おはよう、吉田。」
「あれ、つけてないんですね。」
「え?なにが?」
「僕たちのプレゼントですよ。」
「プレゼント?」
「はい、誕生日の。」
「あ、ごめん。まだ箱を開けてないわ。」
「そうでしたか。」
「ごめんごめん。」
「ネクタイなんですよ。」
「そうなんや。」
「女の子たちが喜ぶんで、つけてあげてください。」
「あ、うん。分かった。」

 そういえば、昨日はミカとのデートのことで頭がいっぱいで、みんなから貰ったプレゼントを開封さえせずに自分のデスクの脇に放置したままだった。吉田から受け取った包みを開けて、三本セットの中から明るいオレンジ色の一本を選んで、ネクタイを締める。

 出勤している女の子たちにお礼を言って回ろうと、立ち上がりかけた時、視線の隅っこに、高島屋の紙袋に入った大きな包みが見えた。もしかしたら、俺の誕生日を忘れていた前田が、こっそりとプレゼントを置いて行ったのかと思ったけど、違う。昨日、玄関でサエコから受け取ったプレゼントだ。これは、マズい。

「ただいま。」
「おかえり。えらい早いやん。」
「そう、仕事が早く終わったから。」
「あ、ええバッグ持ってるやん。」
「そ、そうやろ。ええ女から貰ってん!」
「アホ。お風呂入って待ってて。ご飯の用意するから。」

 サエコからのプレゼントを開けて、ゾっとした。出勤する時に使っているビジネスバッグが少し古びれているのを気にしてくれていたのか、中身はバッグだった。そして、ブランドは、グッチ。

 昨晩、俺を出迎えたサエコは、自分がプレゼントしたバッグを持って帰ってくるに違いないと思っていたのに、これまで通りのバッグを手にして帰ってきて、しかも、自分がプレゼントしたのと同じブランドのストラップが、携帯電話にぶら下がっているのを見て、機嫌が悪くなったんだろう。

「サエコ、あれ、ありがとうな。」
「うん、これからも仕事がんばってな。」
「娘ふたりの分まで頑張るで。」
「そうやで。これから二十年やで。」
「めっちゃ長いな。」

 プレゼントに添えられたメッセージカードには、「普段は口に出して言えないけど」から始まるサエコの手書きの文章が書いてあり、日頃の感謝や、体調を気遣うことなどに触れ、「これからもずっと家族四人で末永く幸せにがんばりましょう。」と締められていた。

 ほんま、ええ嫁やなぁ。


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