この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百五十四話「二回目」

time 2016/12/07

第百五十四話「二回目」

 ミカちゃんからスグに電話が来るかもしれないと、ケータイを握りしめたまま、ウキウキしながら自宅に帰った。もちろん、電話はかかって来なかったけど、あんな綺麗な子と出会えて、ほんま良かった。

「なんか今日、ご機嫌やねぇ。」
「え、そうかな。」
「ええ事、あったん?」

 なんでも全てをさらけ出すのが「俺のやり方」なんだけど、さすがに店の女の子を勧誘するために街に出掛けたら、めっちゃ綺麗な女の子がいたから仕事そっちのけでナンパしてきたとは言えない。

「いや、ほら、もうすぐサクラコが産まれて来るから。」
「そうや。あと十日くらいやで。」

 二回目ともなるとサエコも慣れたもので、十日後に出産を控えていても、平然としている。不安を口にすることもないし、急に不機嫌になったり感情の起伏が激しくなることもない。本当に落ち着いたものだ。

カオルコの耳を、自分のお腹に押し当てさせて、「もうすぐ、カオルコちゃんは、お姉ちゃんになるんですよ。」と言って、ニコニコしている。カオルコの時は難産だったから、今回は、すんなりと出て来てくれたら良いなぁ。

「また家族が増えんねんな。」
「そうやで、ヒロキ。」
「カオルコも、お姉ちゃんやから、しっかりせんとな。」
「お父さんは、しっかり仕事を頑張ってな。」
「当たり前やん。頑張るで。」

 それから一週間、ほとんどサエコの様子に変化は無かった。俺が外で飲んでから家に帰ると、もう寝てしまっているけど、昼前に目覚めてリビングに行くと「何か食べる?」と、普段通りの声がかかった。

「昨日の残りモノでええよ。」
「分かった。温めるから、待ってて。」

 本当に、いつも通りの会話だった。

だから今朝、玄関まで見送りに来たサエコが「そろそろ生まれるかも。」と言った時にも、冗談にしか聞こえなかったんだけど、さっき電話が来て「産まれそう。今から病院に向かいます。」と言われた時には、母親の勘って凄いなと思った。

「七百二十円です。」
「はい、ありがとう。」
「あ、お客さん、おつり。」
「いえ、結構です。ありがとう。」

 電話を切ったあと、吉田にだけ子供の出産のことを伝えて、すぐにタクシーに飛び乗ったけど、俺が病院に駆け込んだ時には既に、サエコは分娩室に入ってしまっていた。何か声を掛けてあげようと思ったのに、残念。

カオルコの時は、俺も分娩室に入って立ち合い出産にしたけど、あまりに長時間に及ぶ出産だったために、分娩室と廊下を出たり入ったりして大変だったので、今回は、外で出産を待つことにした。とはいえ、ただ待っているのも、これはこれで手持ち無沙汰だ。

「田附さん、奥さん、頑張られてますよ。」
「あ、そうですか。」
「こちらでお待ちくださいね。」 

 いつもは家族を大切にするとか、家族のために頑張るっていう感情を、ほとんど感じない俺だけど、こういう特殊な状況では、それに近い思いがこみ上げてくる。俺がまだ仕事を辞めて飲み歩いている時にサエコと出会って、それから自分で店を立ち上げて、ほとんど家族サービスも出来ないまま無我夢中で働いて、いきなり店を閉じて、そして、しばらくの間、何もしないで遊び歩いていたかと思うと、今はピチピチグループに戻って店長をしている。こんなに変化が激しい俺と、ずっと一緒にいてくれるだけでも感謝せなアカンな。

「ありがとう、サエコ。」

 病院の廊下の長椅子に腰かけて、中年のオッサンがひとり、こんなことを呟いているのを恥ずかしくも思ったけど、今は正直に、そう思う。

「田附さん、まもなくですよ。」
「え、はい。」

 どうやら、カオルコの時のような難産ではないようだ。大きな産声が聞こえてくるまでは安心できないけど、いつの間にか肩肘に入っていた力が抜けた。こんなことなら、立ち合い出産にしておけば良かったと少し後悔していた時、俺のケータイ電話が鳴った。

知らない電話番号だけど、とりあえず出る。

「もしもし、田附です。」
「もしもし、服部です。」
「え?」
「服部です!」
「もしかして、ミカちゃん?電話待ってたで。」
「え、覚えてくれてたの?」
「当たり前やん。」
「なんか嬉しい。」


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