この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百四十九話「ヒットマン」

time 2016/08/22

第百四十九話「ヒットマン」

 風俗店のオフィスなんてものは、店舗全体から見れば、オマケのようなものだ。女の子たちが接客するための部屋を十分に確保して、来店客の待ち合いスペースを確保して、その他の営業に必要な設備を配置して、それでも残った場所をオフィスとして使っているにすぎない。こんな狭い部屋に、レッドポイントから派遣された巨体のヒットマンとふたりきり。もう最悪や。

「突然お邪魔して、すみませんな。」
「あ、いえいえ。」
「すでにご存じのこととは思うんですけどね。」
「はい、お伺いしています。」
「ほんまもう、大変な騒ぎになってるんですわ。」
「そうみたいですね。」
「なんとか諦めてもらえませんか?」

 そんなことを言われなくても、すでに諦めている。もし、このヒットマンを上手くかわして、オフィスから脱出することに成功したとしても、外に待機させている部下たちによって、取り押さえられるに決まっている。前田とか他の従業員は、大丈夫だろうか。

「カレンを抜かれたら、やっていけませんねん。」
「はい。」
「組織として、絶体絶命なんですわ。」
「組織。」
「分かってもらえますよね?」

 命乞いをするつもりはない。冷徹なプロに対して、感情に訴えかけても全く意味がないことくらい、俺も分かってる。でも、俺がひとりの女の子を引き抜こうとしたことがキッカケで、ピチピチとレッドという京都を代表するグループ同士が、激しく対立するような事態にはなって欲しくない。これだけは、何としても避けたい。

「グループ同士が対立するような事態は避けたいんですわ。」
「はい。」
「女の子の引き抜きが原因で、対立なんてね。」
「はい。」
「どうか、これで最後にしてください。」
「は、はい。」
「お願いします。」

 ヒットマンが頭を下げた。どうやら、このひとは俺を殺しに来たんじゃないらしい。それどころか、さらに二度も繰り返し「お願いします。」と言って、真っすぐに俺の目を見ている。睨み付ける目じゃない。どちらかというと、懇願の目だ。

「あの、立ち話もなんなんで。」
「あ、いえ、私は。」
「どうぞ、狭いですけど、おかけください。」
「はい。ありがとうございます。」

 前田にホットコーヒーをふたつ、すぐに持ってくるように頼んだ。机の引き出しから名刺を取り出して、遅ればせながら名刺交換をする。差し出された名刺には、松山さんの氏名と共に、レッドポイントグループ専務取締役という肩書が記されている。このひと、レッドの最高幹部のひとりやん。俺みたいな店長職の人間が話してて大丈夫なんかな。

 コーヒーカップを両手に持ってオフィスに入ってきた前田が、俺と松山さんの前にそれぞれカップを置いて、背広の胸ポケットからコーヒーメイトと砂糖のスティックを取り出して、ふたりの真ん中に置いてから、「失礼します。」と言って出て行った。こんな不細工なコーヒーの出し方をして、ほんまにアホちゃうかと思ったけど、前田の気持ちも分かる。あいつ、手が震えるから、おぼんとかソーサーを使われへんかったんやろな。

「わたし、ここに来るのに、えらい緊張しました。」
「え?松山さんが?」
「はい。こんな機会、めったに無いですからね。」
「そうですよね。」
「ボコボコに殴られても、おかしないなぁって。」
「そんなアホな。」
「いやいや、ほんまに冗談抜きで。」
「俺の方こそ、ヒットマンが来たと思いましたよ。」
「はは、ご冗談を。」

 松山さんの話では、実際のところ、レッドの現場の人間からは「あいつだけは絶対に許したらアカン。」という俺への怒りの声が上がっていたらしい。だから、現場の意見を受けて開かれた緊急の幹部会議でも、過激な意見が噴出したけど、松山さんが「俺が行って、話し合いをしてくる。文句ある奴おるか。」と半ば強引に収めて、ここに来てくれたそうだ。俺、このひとがおらんかったら、どうなってたか分からんやん。

「田附さん、今後とも、ライバル同士、よろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
「はい、是非。」
「松山さん、わざわざ、ありがとうございました!」

 同じ専務と言っても、うちの専務とは違って、随分と男気のある凄いひとやったな。あんな人が幹部にいたら、これからもレッドグループの厳しい追い上げがあるだろう。うちも京都で一番だからと胡坐をかいてないで、もっと頑張らんとマズいな。

「おい、田附、ちょっと本社に来い。」
「え、会長、今ですか?」
「そうや。」
「今は、ちょっ・・あの・・・もしもーし。」

 いきなり用件だけ伝えて、すぐに電話を切るのやめてほしいわ。やっぱり俺、怒られるんやろな。仕方ないと言えば仕方ないけど、ヒットマンより会長の方が怖いわ。


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