この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十九話「自立」

time 2016/08/08

第百三十九話「自立」

 俺の周りの人びとの人生模様に触れて、他人事だと冷めた目で眺めていればいいものを、少し寂しい気持ちになっている。タケちゃんなら鼻で笑って「さぁ、朝まで飲もう。」と言ってくれるかもしれない。サエコなら真面目な顔で「そうならんように自分が頑張れ。」と励ましてくれるかもしれない。でも、今の俺が欲しいのとは、何かが違う。だから、ふと思い立って、この人に電話してみた。

「佐伯専務、空いてる日ありませんか?」
「もう専務とちゃうし、いつでも空いてるで。」
「あ、そうですか。」
「どないしたん?」
「久しぶりに飲みに連れて行ってください。」
「分かった。いつがええの?」

 この声を聞くだけでも、俺は少し元気になる。俺がこの世界にビビりながら足を踏み入れたとき、迎え入れてくれたのが佐伯さんだった。仕事のことだけではなく、あらゆるモノの見方や、生き方のようなものを教えてくれた。ついでにゲイバーの楽しみ方を教えてくれたのも佐伯さんだ。俺の人生の羅針盤のような人だと思う。

「ご無沙汰してます。」
「えらい良い身なりしてるやん。」
「久々の再会なんで、一番ええスーツを着てきたんですよ。」
「元気にしてんの?」
「俺、ピチピチグループに戻ったんですよ。」
「そうなんか。それもアリやろな。」

 僅か二言、三言のやりとりをしただけでも、心の中に安心感が広がる。グループに戻ったことについて、佐伯さんから「アリ」と言われて、ホッとした。他の人から何を言われても、自分のことは自分で決めると突っぱねられるけど、この人から否定されたら、自信が揺らいでしまう。

 佐伯さんと前に会ったのは、まだ俺がピンクデザイアを経営している時だから、すでに二年ほど経っている。まずは、今の俺の状況を全て知ってもらいたくて、店を閉めてから現在に至るまでの経過を話した。ウッチーのことも、西城のオッサンのことも、話した。佐伯さんは嬉しそうな顔で、たまに「それは、なんで?」と聞くぐらいで、うなずきながら黙って俺の話を聞いてくれた。久々の再会が、なぜか例のゲイバーだから、周りはうるさいんだけど。

「順風満帆やん。なにを悩むことがあるん?」
「いや、寂しいでしょ、なんか。」
「人生、色んなことがあるからなぁ。」
「西城のオッサンが、サンドイッチマンですよ。」
「あれは自業自得や。しゃあないわ。」
「そうなんですかね。」
「俺も会長から、佐伯は甘いって、よう言われてたわ。」
「え、そうなんですか?」
「最初、西城を拾い上げたんは、俺やで。」
「あ、たしかに。」
「どんだけ引き上げたっても、落ちる奴は落ちよるねん。」
「寂しいですね。」
「そう言われたら、寂しいかもなぁ。」

 先月、祇園のクラブに行ったとき、会長が珍しく機嫌が良かったから、恐る恐る佐伯さんのことについて聞いてみたら、「アイツは仕事が出来た。」「アイツがおらんかったら、グループは大きならんかったかもしれん。」とベタ褒めだった。佐伯さんがグループを去った経緯を関しては「お前は知らんでええことや。」と答えをはぐらかされたけど、「アイツのことは、俺が一生、面倒見たるねん。」と言っていたので、絶縁状態ではないらしい。どうやら、会長から毎月、佐伯さんに給料のようなものが支払われているようだ。

「店の方は、どうしたらええと思いますか?」
「え、そのプリプリのこと?」
「はい、そうです。」
「そんなん、お前の好きにしたら、ええねん。」
「なんかアドバイスください。」
「好きなように思いっきりやれ。」
「大丈夫ですかね。」
「当たり前やん。できるやろ?」
「は、はい。」

 現役を退いて隠居生活のような暮らしをしているから、仕方がないのかもしれないけど、なんだか佐伯さんが丸くなった。以前のような迫力が感じられない。もしかしたら、もう佐伯さんは、俺の羅針盤じゃないのかもしれない。ふと、そう思ったら、これまでの感謝の気持ちが噴き出してきた。

「ほんまに佐伯さんには、感謝してます。」
「そうなんや。」
「自分の好きな道を進みますんで、今後とも、」
「いやもう、固い話は、ええって。」

 これからは、自分で自分の道を切り開いていかなければならない。たまには、こうして佐伯さんと会って、近況を報告するのは良いかもしれないけど、答えは自分で探さなければならない。

 あの日、俺がピチピチホームに面接に行った日には、決して想像できなかった不思議な関係になったけど、あれ以来ずっと、こうして佐伯さんとの繋がりが続いていることが嬉しい。師匠、これからも、俺のことを見守っていてください。めっちゃ頑張るんで。

「だから、お前、よう真顔で言えるなぁ。」
「本当に普段から思ってることなんで。」
「いや、ママに下を咥えられながらする話ちゃうやろ、田附くん。」


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