この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十六話「人生」

time 2016/08/03

第百三十六話「人生」

 奥田さんから俺あてに電話がかかってきたのは、それから一カ月くらい経った頃だった。前田の件とは関係なく、昔話でもしながら飲もうというのが誘い文句なんだけど、なんだか怖い。闇金みたいな怖い職業のひとと飲むのなんて初めての経験だ。断ろうかとも思ったけど、好奇心が勝った。

「おう、田附くん。」
「奥田さん、こんばんは。」
「どこ行こか?」
「普段は、どんなところで飲むんですか?」
「その辺の居酒屋やな。」

 少しだけ裏切られた気分だ。あまりに普通すぎる。ごく限られた人しか入会を許されないような会員制のクラブのようなところに行くのかと思ったのに、まさか普通に居酒屋で飲んでいるとは。こんな真緑のスーツで居酒屋に入ったら、めっちゃ目立つやろ。

「あ、そうや。西城を見に行こか?」
「え?西城のオッサンですか?」
「そや。」
「怖いから苦手なんですよ、あのひと。」
「今の姿を見たら、もう怖なくなるわ。」
「え、ほんまですか。」
「行くで。」
「はい。」

 四条河原町の阪急百貨店の角で待ち合わせた。ここの世界地図を模したブロンズ製のモニュメントは、若者から老人まで、老若男女の待ち合わせスポットになっているんだけど、まさか闇金までもが、ここで待ち合わせをするとは思ってもみなかった。信号が変わるのを待って、カマキリの奥田さんと並んで、横断歩道を渡る。

「あの先に見えてる四辻やで。」
「西城のオッサンが立ってるんですか。」
「そうや。」
「いきなり殴りかかってきたりしませんかね。」
「もうそんな気力は、あれへんって。」
「そうだと良いんですけど。」

 奥田さんが指していた四差路に近づくと、遠目からでも明らかに西城のオッサンだと認識できるサンドイッチマンが立っていた。身体の前後に風俗の看板をぶら下げて、往来する人々のほとんどに無視されながらも、そこに立っている。右手には、ドッキリカメラの「大成功」と書いたプレートのような看板を持たされ、ただ立っている。見てはいけないものを見てしまった気分だ。かけるべき言葉も浮かばないから、すぐに他所へ行こう。

「おい、西城。珍しいお客さんやで。」
「ちょっと奥田さん。」
「ほら、お前の元の部下や。」
「もう行きましょ。奥田さん。」
「久しぶり!のひと言も無いんか?」
「もう、奥田さんってば。」

 京都を代表する風俗店のひとつに数えられるピチピチホームで、マネージャーをしていた人間が、数年後には「写真指名OK!かわいい娘、きれいな娘、選び放題!激エロ空間へようこそ!」などと書かれたピンクの看板に挟まれて、街角に立たされている。目玉だけを動かして、俺の方を見たけど、その眼には生気がない。奥田さんの言葉にも、会釈のように頭を上下させるけど、口を開こうとはしない。

「ほら、殴られへんかったやろ?」
「いや、殴られる方が、まだマシですよ。」
「はぁ?」
「あれは、見たくなかったです、正直。」
「嫌いやってんやろ。」
「そうですけど。」
「佐伯さんみたいやな、田附くんって。」
「いやいや、足元にも及びません。」
「心の芯は、優しいんやと思うわ。」
「俺、優しさだけで出来てますからね。」
「あ、そうなんや。」
「そんな軽く流さんといてくださいよ。」

 こんな感じで、まるで一般のサラリーマンのような普通の会話をしながら、本当にごく普通の居酒屋に入った。若くてピチピチしたアルバイトの女の子が注文を取りに来たから、笑顔で「とりあえず生!」と言ったら、奥田さんは「ウィスキーのロックをツーフィンガーで。」と、やっと闇金の人らしい言葉を発した。

「田附くん、こないだは、ありがとう。」
「何のことですか?」
「俺が店に行ったときのことやん。」
「何か、礼を言われることしましたっけ?」
「うまいこと話を誘導してくれて助かったわ。」
「はぁ?」
「まさか、あんな上手いこと行くとは思わんかったわ。」
「え?」
「親子の関係とは言え、他人の無担保の高利貸しの借金を、保証人にもなってない人間から取り立てるって、なんも筋が通ってないやん。田附くんが助けてくれんかったら危なかったわ。ありがとう。」

 上機嫌で一方的に話を進めながら、奥田さんが俺に封筒を渡した。中身を確認せずにポケットに仕舞ったけど、中身は間違いなく現金で、指の感触では二十万円だと思われる。どうやら前田は、あの借金を返済する必要はなかったし、ましてや新しい借用書にサインして、自分の借金を作る必要などなかったらしい。ひと通りの話を終えた奥田さんは、すっと立ち上がって「ここは、田附くんのおごりで!」と言って、そそくさと店から出て行った。

 次の日、店に出勤してきた前田に、奥田さんから受け取った封筒を手渡した。もちろん、真実を伝えることなんて出来ないから、せめてもの償いとして、俺からの気持ちの十万円も加えておいた。封筒の中身を確認して、前田が目を丸くする。

「これ、なんですか?」
「臨時ボーナスや。」
「ほんまですか!ありがとうございます、店長!」
「人生いろいろあるけど、精進せえよ。前田。」
「はい!」


sponsored link