この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十五話「弟子」

time 2016/08/02

第百三十五話「弟子」

 顔見知りであるという安心感で、平静を装うだけの余裕はあるけど、やっぱり奥田さんは迫力があって、怖い。自分の持っている知識だけでは、闇金融のプロを相手に、勝てないことも分かっている。でも俺は、前田のことがかわいい。この店の店長として、前田のことを守ってあげなければならない。

「オヤジの借金は、息子が払って当然や。」
「そんなこと言ってもですね。」
「銀行には返して、うちには返さんのか?」
「でも、奥田さん。」
「恩を仇で返すんか、お前ら親子は!」
「いや、その、それはちょっと。」
「チマチマと利息だけ払いやがって!」
「そっちの方が、儲かりますやん。」
「元本が戻らんかったら、どないすんねん!」
「そうですけど。」
「銀行は担保を取ってる!わしら無担保やねん!」

 うちのオヤジは、デカい遺産を残してくれたし、生きてる時から、経済的にも支援してくれていたから、俺は人生で一度も、借金をしたことがない。だから、こんな現場に立ち会っていても、借金というものに現実味を感じない。それこそ、担保とか無担保なんて言葉は、Vシネマの台詞としか思えない。

「わしらリスクを背負ってんねん!」
「そうですね。」
「借りたもんは返す。当たり前やろ!」
「そうなんですけど。」
「借りるときはペコペコ、返す時はダラダラや。」
「まぁ、そうでしょうね。」
「気持ちよく返してや。それだけや!」
「でも、今の前田は・・・」
「俺も、何回も催促に来たないねん。」

 奥田さんって、こんな人だったかな。十年くらい前に、たった一度、会っただけだから、記憶は曖昧だけど、もう少し論理的に話をする人だった気がする。こんなに感情をむき出しにして、自分の言いたいことだけを吐き出して、息が上がってしまっている奥田さんは、あの時とは全く別人のようだ。この人、なんか焦ってるな。

「あの、奥田さん。さっきも聞きましたけど。」
「なんや?」
「連帯保証とってないですよね?」
「そうや。それが、どないしてん?」
「担保も、とってないんですよね?」
「そうや。さっき言うたやろ!」
「前田、お前、やっぱり相続放棄せえや。」
「お、おい!」

 奥田さんが「借りたもんは返す。」って言ったとき、強い違和感を感じた。だって、前田は、一円たりとも奥田さんから借りてないもん。

「それは無理です!」
「いや、放棄した方が、ええって。」
「無理です!」
「なんでなん?」
「オヤジが残した土地を、とられたくないです!」
「それ、銀行の担保なん?」
「そうです!」
「バブルのときに買うてるんで、担保割れしてますけど。」
「担保割れ?」
「土地が値下がりしてて、あんまり価値がないんです。」
「それ、ますます放棄した方が、ええやん。」
「いや、絶対に放棄しません!」
「価値のないもんのために、借金を背負うん?」
「いつか大きな家を建てようって、オヤジと言うてて・・・」
「それで?」
「ふたりで夢を見てた場所なんです!」
「まぁ、分からんこともないけど。」
「だから、相続放棄は、しません!」
「お前、アホやろ。」
「アホでも、何でもいいです!放棄しません!」

 あかん、俺、オヤジの話をされると弱いねん。人それぞれ違う人生やし、親子の関係も人それぞれやから、うちのとは全く違うんやけど、それでも、オヤジを想う子の気持ちは十分に分かる。前田、お前、ほんまええ奴やん。

「奥田さん、十分に担保ありますやん。」
「はぁ?」
「こいつ、絶対に返しますって。聞いてたでしょ。」
「そうかもしれんけどな。」
「しかも、こいつは佐伯さんの直系ですよ。」
「はぁ?」
「俺は佐伯さんの弟子で、こいつは俺の弟子です。」
「だから信じろって言うんか?」
「はい!」

 しばらく俯いて考えを巡らせたあと、奥田さんは「分かった。」と呟いた。そして、黒い革のバッグから、一枚の書類を取り出した。

「俺の負けや。しばらく利息だけで、ええわ。」
「ありがとうございます!」
「佐伯一門には、敵わんわ。」
「いえいえ。」
「これにだけ、サインしてくれるか。」
「なんですか、これ?」
「新しい借用書や。」

 そこには「前田洋介」と前田本人の名前が記入されている。元本を回収しようと乗り込んできた奥田さんの気が変わらないうちに、慌てて署名と捺印をさせる。

「はい、これで良いですか?」
「おう。」
「本当に、ありがとうございます。」
「ほな、俺、帰るで。」
「あ、ちょっと。」
「なんや?」
「オヤジさんの分の借用書を返してください。」
「おお、そうやったな。忘れてたわ。」

 あぶない。もうちょっとで、オヤジさんの借金と、前田本人の借金と、借金が二倍になるところだった。念のため、オヤジさんの借金の領収書が欲しいと言うと、帰り支度をしていた奥田さんは「抜け目ないなぁ。」と面倒くさそうにカバンを開いて、既に用意してあった領収書を、前田に手渡し、そのまま店を後にした。

「店長!ありがとうございました!」
「俺、すごいやろ?」
「はい、メッチャすごいです!」
「ビビったわ、ほんまに。」
「そんな風に、見えませんでしたよ!」
「そら、修羅場をくぐってきてるからな。」
「すごいです!ほんま、すごいです!」

 プロの闇金を相手に、俺、よく頑張った。佐伯さん、いや、佐伯師匠にも背中を押してもらったけど、俺、ちゃんと一人でも出来るやん。前田には、俺のかっこいいところを見せつけられたし、これまで以上に熱心に働いてくれるだろうから、良いこと尽くめや。あの落ち込んだ奥田さんの顔、ほんまマンガみたいやったな。

 いや、ちょっと待て。奥田さんは元本を回収するつもりだったから、オヤジさんの借金の領収書を用意してきてるのは分かる。でも、なんで「前田洋介」名義の借用書まで持ってたんや。あかん、やられた。あのひと、ハナから、前田の名義の借用書を取ることが狙いやったんやん!俺、まだまだ精進が足りんわ。

「店長、ほんま、ありがとうございました!」
「お、おう。精進せえよ、前田。」
「はい!」


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