この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十二話「今宮」

time 2016/07/28

第百三十二話「今宮」

 この今宮という男のことが、俺は嫌いじゃない。あの西谷が、初めてのミーティングの時に、俺に対して刃向かってきたのも、今宮の人徳によるものだし、店の女の子との接し方にも、マネージャーとしての愛情が感じられる。だから、しばらく一緒に働いていれば、仲良くなれるんじゃないかと思っていた。とはいえ、慰留するつもりはない。

「もう意思は固いの?」
「はい、そうですね。」
「次は、どこで働くの?」
「言いたくないです。」
「この店に、未練はないの?」
「ありますよ、もちろん。」
「いつから、そっちに行くん?」
「早ければ、すぐにでも。」
「分かった。」

 マネージャークラスが店を去る時には、女の子を一緒に連れて店を出る可能性を心配しなければならないけど、今宮に関しては、その必要もなさそうだ。そんな姑息なことをする人間じゃない。ウッチーなんかより、今宮の方が、店長に向いていたと思う。もしかしたら西谷は、ずっと以前から「なんで今宮さんが店長ちゃうんですか?」という疑問を抱いていたのかもしれない。

「タケちゃん、こんばんは。」
「おう、タズヤン。」
「ウィスキーの水割り、ちょうだい。」
「えらい疲れてるやん。」
「そう、いろいろとあってな。」
「手伝えることがあったら、言うてな。」
「誰か、使える男、おらんかな。」
「スタッフってこと?」
「そう。」
「どこも人材不足やからなぁ。」
「そやろな。」

 水割りを俺の前に差し出したタケちゃんは、「ちょっと待ってな。」と言ってから携帯電話を手にして、どこかに電話する。そして、しばらく小声で話していたかと思うと、「タズヤン、明日、店におるやんな?」とだけ俺に確認してから電話を切り、「ひとり見つかったで。」と言った。

「タケちゃん、かっこいい!」
「うん、知ってる。」
「どこに電話したん?」
「それは本人に聞いてや。」
「あ、うん。」
「明日、店に行かせるから。」
「ありがとう、タケちゃん。」
「そろそろ、ワインの時間かな。」
「もう何でも好きなの開けて!」
「かしこまりました。」

 翌朝、十一時を過ぎた頃、ブカブカの紺色のスーツの上下に、白いシャツ、赤いネクタイをつけて、就職活動中の大学生のような恰好の若者が、店に入ってきた。身長百六十五センチくらいで小柄だけど、やたら良く通る野太い声で「山下さんのご紹介で、お伺いしました前田と申します。」と言った。そうか、タケちゃんって、山下やったな。

「あ、こっち入って。」
「はい、失礼いたします!」
「履歴書、持ってきてる?」
「はい、持参いたしました!」
「出してくれる?」
「はい、よろしくお願いします!」

 前田洋介、兵庫県明石市出身、二十五歳、京都産業大学卒業、趣味はスポーツ観戦。下手クソだけど、辛うじて読める字を読みながら、履歴書の項目をひと通り確認する。

「風俗で働きたいの?」
「はい!」
「なんで?」
「お金を稼ぎたいんです!」
「なんで?」
「借金がありまして!」
「いくらあんの?」
「五千万です。」
「はぁ?」
「五千万です。」
「まじで?」

 もう履歴書を持っているのが馬鹿らしくなって、机の上に置いた。二十五歳にしては多すぎる借金の理由にしか、興味がない。

「なんの借金なん?」
「オヤジの借金なんです。」
「なんで前田くんが払わなあかんの?」
「オヤジが死んだんで。」
「そうなんや。」
「はい。」
「相続放棄したらええんちゃうの?」
「いや、ちゃんと払いたいんです。」
「そうなん?」
「はい。」

 働かざるを得ない理由のある人間は、強い。簡単に返せるような金額ではないけど、風俗なら、もしかしたら完済できるかもしれない。すぐにでも働きたいと、目を輝かせながら言うので、今日の遅番から勤務を開始してもらうことにした。

「今宮、こいつに全部教えてから、出て行って。」
「え?はい。分かりました。」
「前田です!よろしくお願いします!」

 今宮の指導は的確で、分かりやすい。前田の方も真剣で、今宮の一言一句を聞き逃すまいという気合が感じられる。当初は一カ月間の予定だったけど、今宮が「あと二週間ください。」と言って、結局、一カ月半の新人養成期間になった。今宮の最後の勤務日には、別れを惜しむ前田が大泣きした。

「田附店長、お世話になりました。」
「ありがとうな、今宮。」
「これ、あとで読んでください。」

 今宮が最後に俺に手渡した手紙には、次の勤め先の店名や住所などが書かれ、一番下には「女の子には言わないでください。俺についてくると言いかねない子が、何人かおりますので。」との一文が添えられていた。なんかメッチャ良い男やったな、今宮。

「田附店長!」
「どうしたん、前田?」
「自分、店を辞めさせていただきます!」


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