この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十一話「イツキ」

time 2016/07/27

第百三十一話「イツキ」

 店を良くするために頑張ってくれるスタッフには、俺も精一杯の感謝と愛情を持って接するけど、辞めたいという奴がいたら、それはそれで仕方がない。だから、いきなり最初のミーティングから俺に対する敵意を見せていた西谷が「辞めさせてもらいます。」と言ってきても、辞める理由を問いただすこともないし、ましてや考えを改めさせようとも思わなかった。別に、西谷がいなくても、俺が表に出てれば店は回るし、なんの問題もない。

 ただ、これはあくまで、男性スタッフの話であって、女の子は違う。店を去る西谷と入れ違いでオフィスに入ってきたイツキちゃんに「店、辞めます。」と言われれば、これは止めざるを得ない。だって、俺が個室に入って、お客様に性的サービスをすることはできないから。

「なんで辞めたいの?」
「店長が変わったから。」
「なにか不満なこと、あるの?」
「全部。」
「つまり、俺に不満ってこと?」
「そうかな。」
「まだ、お互い、何も知らんやん。」
「恋人同士みたい。変な言い方。」
「そうや、俺、店の子に愛情を注いでるから。」
「え、気持ち悪い。」
「そんなん言わんといてよ。」
「田附さん、おもしろいね。」
「ほら、辞めんでも、ええやろ。」
「嫌や、辞めるから。」

 見事に、惨敗した。なんとかイツキちゃんを説得しようと、あの手この手で一時間くらい頑張ったけど、結局、今日の勤務さえ放棄して、店を出て行ってしまった。

「すみません、店長。」
「え、あ、どうしたん、アユミちゃん。」
「ティッシュが無くなりました。」
「あ、はい。分かった。持っていくね。」

 めっちゃビビった。アユミちゃんも「辞めます。」って言い出すのかと、身体が震えた。店長になって一週間、とにかく店の売り上げを増やそうと、接客ばかりに夢中になって、女の子のケアが全く出来ていなかったことを反省した。俺も、まだまだ甘いな。

 ピチピチホームと、ピチピチデラックスから、面接で不採用になった女の子を回してくれるように、お願いしている。とはいえ、今いる女の子たちが一斉に「辞めます。」って言って来たら、営業を続けることは困難になる。なんとしても、女の子たちが連鎖的に辞めていくのを喰い止めないといけない。

「なんか夜中、うなされてたよ。」
「え、まじで。」
「女の名前を呼んでたわ。」
「う、ウソやん。」
「今度、録音しといたるわ。」
「店の女の子やって。」
「なんで名前も言うてないのに、店の子って分かんの?」

 サエコに相談しても、なんの解決にもならない。だから、女の子が一斉に辞めてしまうんじゃないかと不安に思っていることも、サエコには話していない。でもきっと、俺が寝言で呼んでいたのは、イツキちゃんの名前だったんだろう。今日も、気合いを入れて、接客と女の子のケアを頑張ろ。寝言の件で不満げなサエコは、朝飯の準備もしてくれないし、「いってらっしゃい。」の言葉さえないけど、今さら言い訳がましいことを言っても仕方がないから、何も言わずに家を出て、店へと向かう。

「店長、おはようございます!」
「おお、おはよう。」
「お疲れですか?顔色わるいですよ。」
「え?ほんまに?」
「はい。」
「うなされてたみたいやねん。」
「どうしたんですか?」

 ウッチーの犬だった吉田に、自分の悩みを打ち明けるのは、気が引けるけど、昨晩のイツキちゃんのことと、俺が不安に思っていることを、ひと通り話した。

「いきなり、全員で辞めますって言われたら、怖いやろ。」
「大丈夫ですよ。」
「お前に何が分かるねん。」
「ほかの子は、辞めないと思いますよ。」
「吉田、適当なこと言うなや。」
「適当と、ちゃいますよ。」

 こんな風に、小さな変化の重要性を理解できず、なんとなく大丈夫だと思えるアホは、ある意味では幸せだと思う。ひとりの女の子が辞めたってことは、ほかの女の子に連鎖しても、おかしくない。それをどうして「大丈夫ですよ。」なんて適当な返事ができるんだろう。ちゃんと理由があるんなら、説明してほしい。

「イツキってあれ、内藤店長のオンナです。」
「はぁ?え?」
「だいぶ金を注ぎ込んでるみたいですよ。」
「ほんまか、それ!」

 まさか、アホのひと言で、俺がこんなに幸せな気分になるとは、思いもしなかった。ウッチーのオンナなら、そりゃあ、店長が俺になったら、店を辞めるに決まってるやん。いや逆に、店長交代から一週間も、ここで働いていたのが不思議なくらいだ。だとしたら、吉田の言う通り、女の子が連鎖的に辞めていく可能性は低い。

 俺の不安は、とりあえず解消されたけど、やはり夜に出勤している女の子たちのケアに関しては、十分ではなかったと反省しているから、遅番の時間帯は、できる限り女の子たちに話しかけるように心掛けた。みんなで店を盛り上げていく雰囲気を、はやく作り出さないといけない。

「あの、すみません、店長。」
「なに?今宮。」
「俺、他所の店で仕事が決まりました。」


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