この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百三十話「西谷」

time 2016/07/26

第百三十話「西谷」

 髪の毛をワックスで固めて、口の上にヒゲを蓄えた硬派なヤンキー風の男は、媚びるような姿勢を一切見せず、俺の目を直視しながら、答えを待っている。今宮マネージャーへの忠誠を示したいのか、俺への反発なのか分からないけど、店長初日のミーティングくらい穏やかにやりたかったわ。

「俺の方が、店長に向いてるからやろ。」
「いや、今宮さんの方が、向いてますよ。」
「お前、俺のこと、知ってんの?」
「知りませんよ。」
「ほんだら、分からんやん。」
「はぁ?」
「どっちが店長に向いてるか、分からんやん。」
「いや、絶対に今宮さんですよ。」

 もう、何が言いたいねん。自分の信念を持って、意見を言うのは、別にいいと思うけど、もうちょっとマトモに反論してきてほしい。何度も繰り返して「今宮さんの方がいい。」だけ言われても、それは子供のダダと同じで、なんの問題の解決にもならない。自分の勇敢さを誇示したいだけなら、他所でやってくれへんかな、ホンマに。

「おい、今宮、お前も何か言えや。」
「俺は別に何も。」
「そんなんセコイやん。」
「セコないですよ。」
「セコイやん。こいつにだけ言わせて。」
「いや、浩二が思ったこと言ってるだけやし。」
「そうか、分かった。」

 アルバイトのふたりには、先に仕事に戻るように指示して、社員ふたりとの話を続ける。とはいえ、西谷は「今宮さんの方がいい。」と言い、今宮は「西谷の意見だから知らない。」というスタンスを崩さないから、話は平行線のままだ。

「田附店長、お客様です!」
「あ、分かった。行くわ。」
「はい!」

 俺がこの店に入る前からの常連だけど、俺のことをタズヤンと呼んで可愛がってくれている五十歳手前くらいの中年男性が、遊びに来てくれた。この人と会うのは、本日二回目。昼の営業の時に「俺、ここの店長になりました。」と挨拶をしてたら、「店長就任祝いや。」と言って、菓子折りのようなものを持って、わざわざ再訪してくれた。

「夜に来るのは、初めてやねんけど。」
「あ、そうですか。」
「アルバム見て、選んでもええかな。」
「もちろんですよ、どうぞ。」
「ありがとう。」

 この男性を皮切りに、これまで昼の営業のときに来てくれていたお客様たちが、次々と来店してきた。本当は皆んな、夜の方が都合が良いのに、俺に会うために昼間に来てくれてたんやなと思うと、目頭が熱くなった。

 今宮と西谷は、オフィスの中に引きこもったまま、出てくる気配がない。仕方がないから、アルバイトのふたりのケツを叩きながら、三人で店を回す。俺の客が続々と来てくれていると言っても、大したことない。所詮、一千万ちょっとの売上の店だ。頑張れば、俺ひとりでも回せないことはない。

 明くる日も、状況は変わらず。ミーティングでは、自分が口にした言葉を引っ込められない西谷が突っ張り、今宮は他人ごとのように静かに座っているだけ。営業中もオフィスから出てこず。そして、こんな日が、一週間も続いた。

「俺、やっぱり今宮さんの方がええと思います。」
「もう聞いたわ、それ。」
「考えは、変わりません。」
「そうなんやろな。」
「今日限りで辞めさせてもらいます。」

 正直、ホッとした。今宮に席を外してもらって、西谷とふたり、最後にもう一度だけ話し合いのような時間を設けたけど、どう頑張っても分かり合えないということが再確認できただけだった。

 荷物をまとめて、寂しげにオフィスから出ていく西谷の背中を見ながら、「今回は運が悪かったけど、他で頑張れよ。」と心から思った。不器用そうだけど、ああいうやつが活躍できる場所があるはずや。事務机に向かいながら、ちょっと感傷に浸っていたら、オフィスのドアをノックする音が聞こえた。西谷が戻ってきたのかと思ったけど、入ってきたのは店の女の子だ。

「あの、すみません。」
「えーっと、イツキちゃんやんな?」
「あ、はい。」
「どないしたん?」
「あたし、店、辞めます。」


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