この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百二十七話「仮説」

time 2016/07/21

第百二十七話「仮説」

 プリプリを飛び出して、切通しを小走りで四条通まで出て、タクシーを掴まえた。後部座席に座って、やっと少し冷静になって、ジャケットを忘れてきたことに気づいたけど、もう遅い。とにかく、早く行かなければ。一体、なんで俺が呼び出されるんだろうか。この疑問ばかりが、頭の中で渦巻く。

 このタクシーが事故ってくれへんかな。一週間くらいの入院が必要な怪我をしたら、店長会議に行かんでええのに。こんな俺の“一生の願い”も虚しく、あっという間に、ピチピチグループの本社が入っている雑居ビルに辿り着いた。タクシーを降りて、ビルの五階あたりを見上げながら、あのコの字型に並べられたソファーに座っている自分の姿を想像して、身震いする。

 今日、俺が呼び出された理由として、ふたつの仮説が浮かんだ。

 まずひとつめは、プリプリの売り上げ報告をした内藤店長に、会長がブチ切れていて、俺も一緒になって怒られるパターン。そして、ふたつめは、内藤店長が俺の悪口を言って、それを鵜呑みにした会長がブチ切れて、俺がメッチャ怒られるパターン。どうせ怒られるなら、一人よりも二人の方が怒りが分散されるから、ひとつめの方が良いような気がするけど、あの内藤店長と同列で怒られるのは納得がいかないから、ふたつめの方が良いような気もする。いや、とはいえ、ふたつめは、完全に内藤店長の妄想だから、俺が怒られる筋合いは無いし。いや、俺、怒られるの嫌や。

 ビルの前までは、タクシーが運んできてくれたけど、ここからは自分の足で進まなければならない。気が重い。エレベーターの前にある僅か三段の階段さえ、昇るのが億劫だ。もう今から引き返すなんて選択肢は残されていないけど、何かが俺の背中を引っ張って、どこかへ連れ去ってくれないかと期待している。

 相変わらず、このビルのエレベーターは、ボロい。オッサンの咳払いのような呻き声をあげながら、一階に降りてくる。扉が開いたけど、乗りたくない。乗り込んだけど、五階のボタンを押したくない。再び呻き声をあげながら、エレベーターが動き出す。相変わらず、遅い。五階に到着して、扉が開けば、そこはもう店長会議の現場だ。

 まだ二階、まだ三階、この時間が辛い。俺は早く、内藤店長の顔が見たい。扉が開いたら、まずは内藤店長の顔を確認しなければならない。なぜなら、俺の仮説のひとつめの場合、内藤店長は下を向いて、うなだれている。でも、ふたつめの場合には、満面の笑みで、俺が来るのを待っているはずだからだ。

 どうせ怒られるんだから、どっちでも良いと自分に言い聞かせるけど、それでもやっぱり、どっちのパターンなのかだけは早く知りたい。いや、やっぱり今日は、何かの理由をつけて、行かん方がええんかな。カオルコちゃん、元気にしてるかな。今晩、ブクープに行かれへんって、タケちゃんに連絡せなアカンな。喉が渇いたな。爪を切って来たら良かったな。怒られるの嫌や。頭のなかで思っている物事が、全部吹き出してきて、自分がどこにいるのかさえ良く分からなくなった瞬間、エレベーターの扉が開いた。

「会長、おはようございまつ!」

 思いっきり噛んでもうた。これで場の空気が和んで、どっと笑い声があがれば、本当に助かるんだけど、誰もくすりとも笑わない。ただ、何人かの店長から「おはようございます。」と小さな声が返ってくるだけ。

「ええから、早よ座れや、田附!」

 正面のソファーに座った会長が、大声で叫ぶように言う。俺は下げた頭を上げて、恐る恐る会長の顔を直視して、「失礼します!」と言って、部屋の中へと入っていく。右のソファーか、左のソファーか、自分の座るべき場所を探しているフリをしながら、内藤店長の姿を目で確認しようとするけど、右には居ない。左にも居ない。嘘やろ、ウッチーおらんやん。どうなってんねん。

 ひとつめでも、ふたつめでもない、みっつめ。内藤店長がいないパターン。これ、なんやねん。どうしたらええねん。

「おい、田附!久しぶりやなぁ!」
「は、はい。会長。大変ご無沙汰しておりまつ!」


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コメント

  • あー( ;´Д`)

    by 京都人 €2016年7月21日 11:15 PM