この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百二十四話「兆し」

time 2016/07/18

第百二十四話「兆し」

 自分を押し殺してプリプリで働き、お客様の率直な意見を聞きにブクープへ行くという流れが、俺の日常になってきた。作戦開始から一週間が経ち、「面白そうだから、俺も行ってみよう。」というお客様が増えて、次々とプリプリの改善すべきポイントが明らかになってきた。

「通えば通うほど、ヒトミちゃんが良くなるわ。」
「佐藤社長に心を許してるんでしょうね。」
「噛めば噛むほど、味が滲み出る感じやで。」
「これからも時々、顔を出してあげてください。」
「当たり前やん。ヒトミちゃんは任せとき。」

 問題点の方が多いから、たまに店の女の子のことを褒めてもらえると、めっちゃ嬉しい。

 嬉しいと言えば、今日の昼間、ちょっとした事件があった。事件と言っても、別に大したことじゃないんだけど、あのヒトミちゃんが俺に対して「ありがとう。」と、初めて言葉を発してくれた。しかも、お礼の言葉だ。ほんのひと言だけど、何かが変わろうとしているんだと実感できて、本当に嬉しかった。

「ああ、俺、タズヤンのこと、めっちゃ褒めてんねん。」
「ええ?」
「ヒトミちゃんに、あの人は凄いねんでって。」
「うわ、ありがとうございます。」
「タズヤンのこと、ただのオッサンの新人と思ってたみたいや。」
「その通りですけど。」
「違うやん。ちゃんと実績のある人間やん。」
「そうですかね。ありがとうございます。」

 内藤店長と吉田は、とにかく女の子のことを馬鹿にしていて、蔑んでる。決して本人たちに直接、ハッキリと口に出しては言わないけど、そんな気持ちは当然、女の子達にも伝わっている。だから、いきなり店に入ってきた“ただのオッサンの新人”も、同じ人種だと思っていたんだろう。

 佐藤社長だけでなく、他の協力者からも、女の子が店に対して持っている不満は、数多く上がってくる。本当は、来てくれたお客様に、店の文句なんか言ってもらっては困るんだけど、今の店に不満を持たないような女の子なんていない。

 店長への不満、給料など待遇面の不満、他の客への不満、この辺りが女の子の不満ランキングの上位だ。とはいえ、これらの点については、今の俺にはどうしようもない。だから、まずは「店が汚い。」「水回りが臭う。」「ゴキブリが出た。」というような、俺の身の丈に合った不満を解消すべく、この一週間は毎日、通常より二時間くらい早く出勤して、徹底的に掃除をしている。そして、清掃でヘトヘトになっても、とにかく元気よく女の子たちの出勤を出迎える。

「ナミエさん、おはようございます!」
「シノブさん、おはようございます!」
「ヒトミさん、おはようございます!」
「おはよう。」

 深々と頭を下げて挨拶をしているから、顔の表情は分からないけど、間違いなくヒトミちゃんから挨拶が返ってきた。めっちゃ嬉しい。店の女の子から「おはよう。」って言われただけで、こんなにハッピーになれるって、俺、めっちゃ単純やな。でも、嬉しいわ、ホンマに。

「シノブさん、ちょっと失礼します。」
「え?」
「甘いもんって、嫌いですか?」
「ううん。」
「これ、お客さんからの貰い物なんやけど。」
「え、ありがとう。」
「何か必要なものとかあったら買いに行くんで、内線してください。」
「あ、はい。」
「失礼します!」

 このシノブちゃん、入店してから、まもなく四ヶ月になろうとしているんだけど、男性スタッフに買い物を頼めることを知らなかったらしい。お客様に対して「出勤したら仕事が終わるまで缶詰で、欲しいものも買えなくて辛い。」と愚痴っていたと聞いて、判明した。内藤と吉田のコンビは、一体、女の子たちを何やと思ってんねん。ホンマ可哀想。

 今の俺に出来ることは限られている。でも、自分が出来る範囲で、正しいことをやる。顔を合わせればアホだ、間抜けだと、内藤店長からは小言を繰り返し言われ、それを見て増長する吉田からは、意味のない根拠のない的外れな下らない奇想天外で馬鹿な先輩風を吹かされ、イライラする日々が続いているけど、確実に兆しは確認できている。

「ナミエさん、おはようございます!」
「おはようございまーす。」
「シノブさん、おはようございます!」
「おはよ!」
「ヒトミさん、おはようございます!」
「おはよう、田附さん。」

 あの二人には、絶対に気づかないところで、確実な兆しが。


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