この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百二十三話「始動」

time 2016/07/15

第百二十三話「始動」

 俺がどれだけヤル気になったところで、出来ることは限られている。風俗店における店長というのは絶対的な存在で、それに抗うことは許されない。店長は雲の上の存在、俺は地面にひれ伏す平社員だ。だから、俺は、ただ、一生懸命に仕事をこなすしかない。

「ナミエさん、おはようございます。」
「シノブさん、おはようございます。」
「ヒトミさん、おはようございます。」

 今日も、早番の出勤は、三人だけだ。この中では、ヒトミさんが最も古株なんだけど、それでも店に来て八ヶ月くらい。あとのふたりは、まだ三ヶ月にも満たない新人だ。みんな、良くも悪くも普通の容姿をしていて、パッと見だけで「これは無理。」っていうようなゲテモノではない。ただ、この三人、揃いも揃って、とにかく愛想が悪く、覇気がない。

「セーラム。」

 女の子のパシリは、店の下っ端の仕事だから、喜んでご奉仕させていただくんだけど、内線がかかってきて、タバコの銘柄だけ言って電話を切られたら、かなり切ない。

「ヒトミさん、失礼します。」
「セーラム・ピアニッシモです。お待たせしました。」
「失礼します。」

 ここまで徹底されたら、逆に凄いと感心する。扉をノックすると、僅か少しだけ扉が開いて、代金を握った手だけが伸びてきて、タバコを受け取り、扉が閉まる。全くの無言どころか、顔さえ見せない。

「いらっしゃーいまーせー。」

 今度は、受付の方から、覇気のない声が聞こえてくる。店長の犬、吉田だ。今日の最初のお客さんのご来店なんだから、もう少し元気よく、「いらっしゃいませ!」と言えば良いのに。

「いらっしゃいませ!お客様!」
「お、おう。」
「こちらのお席に、どうぞ。」
「は、はい。」
「ご指名の女の子は、いらっしゃいますか?」
「え?あ、いや、初めてなんで。」
「初のご来店、誠にありがとうございます。」
「はい、はい。」
「では、こちらのアルバムから、女の子をお選びください。」
「あ、はい。」
「このヒトミさんなんて、いかがでしょうか?」
「うん、じゃあ、この子で。」
「かしこまりました。」
「女の子の準備が整うまで、少々お待ちください。」

 何もしないくせに先輩風を吹かせたい吉田が、俺の客対応を見ながら、何か言いたそうな顔をしてコッチを見ているけど、当然ながら無視する。お客さんが来たのに、飛び出してくることもなく、受付の中から「そちらでお待ちください。」と言ってるような奴に、指示されることは何もない。

「ヒトミさんです。」
「あ、どうも。」
「では、ごゆっくり、お楽しみください。」

 お客様をご案内して、受付に戻ると、やっぱり吉田が、不満顔で俺を待っている。

「どうしたんですか?」
「丁寧すぎるんですよ、田附さんの接客。」
「はぁ?」
「あんなんしたら、お客さんがつけあがりますよ。」
「え?」

 もう、わけが分からん。いったい「お客さんがつけあがる」って何だ。というより、お客さんがつけあがって何が悪い。つけあがって頂いたら、ええやん。もちろん、度を過ぎると問題だけど、今、新規のお客様に、何を警戒して「お客さんがつけあがる」なんて言っているんだろうか。ほんま、わけが分からん。

「いらっしゃーいまーせー。」
「いらっしゃいませ!」

 お客さんがつけあがらないように、受付に留まる吉田を気にせず、飛び出していってお客様を案内する俺。そして、受付に戻ったら「何回言ったら分かるんですか、田附さん。」と諌められる。これの繰り返し。

「おはようございます!」

 内藤店長のご出勤だ。今度は、受付に留まる俺を尻目に、飛び出していって店長に挨拶する吉田。もう、なんやねん、アイツ。

「今日、普段より、お客さんが多いです。」
「そうか。やっぱり企画がハマったな。」
「はい、そうですね。」
「おい、田附。どうや、これが企画ってもんや。」

 いつもと比べて、僅か五人くらいお客様が多いだけで、かなり満足そうな笑みを浮かべる店長が、鳥肌が立つほどに気持ち悪い。吉田を相手に「次は、こんな企画があるねん。」と、またセンスのない企画会議が続いているが、ペーペーの俺には関係がないから、自分の仕事を淡々とこなして、終業時間を待って、店を出る。

「タズヤン、いらっしゃい。」
「お、今日もカッコええなぁ、タケちゃん。」
「皆さん、お待ちかねやで。」

 今日は忘れないようにグラスワインを注文してから、奥のボックス席に向かう。さて、ここからがホンマの俺の仕事の時間だ。

「森本さん、今日はありがとうございました。」
「待ってたで。」
「佐藤社長も、北村さんも、ありがとうございます。」
「俺らも楽しませてもらったで。」
「あの子、わりとええ子やったで。」

 そう、今日のプリプリの来客が多かったのは、タケちゃんにも協力してもらって、昨晩、ブクープに来ていた常連さんたちに来てもらったからだ。あんなしょうもない企画で、お客様が来るわけないやん。アホちゃうか。

「佐藤社長、一番乗り、ありがとうございました。」
「はは、ちょっと張り切りすぎたかな。」
「いえいえ、ヒトミちゃん、どうでした?」
「笑顔がかわいい子やな。」
「え?ホンマですか?」
「なにを驚いてんの?」
「いや、俺、ヒトミちゃんの笑顔を見たことがないんで。」
「男性スタッフは好きちゃうって言うてたわ。」
「あ、そうなんですね。」
「シャワーとか水回りの掃除が雑とか。」
「へー、なるほど。」

 たしかに店長は偉い。店の中では、誰も抗えない。でも、店長よりも上に、お客様がいる。お客様がおらんかったら、店は存在せえへんから、店長がいる意味もない。だから俺は、こうしてお客様からの話を聞いて、あの店を変えることにする。

 俺のプリプリ改造作戦が、静かに始動した。


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