この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百十九話「ウッチー」

time 2016/07/11

第百十九話「ウッチー」

 京都・祇園の切り通し、ほんの二百メートル足らずの小道には、石畳の通りに古くからの町家が立ち並び、これぞ京都という風情がある。昼間は観光客が途絶えることなく、舞妓さんが姿を見せれば小さな歓声が沸く。日が暮れて、町家の提灯に火が灯り始めると、夜の飲み屋街へと変貌し、背広姿の中高年男性が集まる。この街が、俺の新しい職場だ。

「おはようございます。今日からお世話になります田附です。」
「おはようございます、どうぞ。」
「はい。」

 急に決まった話だけど、店にも連絡が入っていたようで、黒いスーツに赤いネクタイの男性スタッフが、事務所の方に案内してくれた。免許証を手渡してから、従業員名簿となる用紙に、個人情報を記入する。ピチピチホームで採用されたときは、こんな単なる事務作業にも、随分とビビっていた気がする。俺、ちょっと大人になったんかも。

「そしたら、店のなかを案内するんで、付いて来てください。」
「はい、よろしくお願いします。」

 プリプリは、ピチピチホームと同じファッションヘルスで、女の子が接客する個室は、六つ。その他に、マットプレイが楽しめる部屋が三階、コスチュームプレイが楽しめる部屋が四階にある。在籍している女の子は、三十名弱だそうだ。

「すみません。お名前は?」
「吉田です。」

 なんだかロボットと話をしているみたいだ。こちらが聞いたことには答えてくれるけど、それ以外の会話は無し。名前を聞いただけでも、なんだか申し訳ない気分になる。新人として頑張ろうとしている俺のことを、もうちょっと気遣ってくれても良いのに。

「店長が、あと一時間ほどで到着されるので、事務所でお待ちください。とのことです。」
「あ、そうなんや。ありがとう。」
「いいえ。」

 まずは、ウッチーと話をして、この店の方針を聞かないことには、俺も動きようがない。以前は同じグループ内の店長同士で対等の立場だった俺が、いきなり新人として入ってきたんだから、ウッチーもやりにくいだろうと思う。とりあえずは「トイレ掃除でも何でもやります。」と自分の意気込みを伝えよう。

「久しぶりやな、田附。」
「大変、ご無沙汰しております。」
「ほんまやな。」
「俺、新人の気持ちで頑張るんで・・・」
「そらそうや。新人やもん。」
「よろしくお願いいたします。」
「おう。」

 ウッチーと最後に会ったのは、もう三年くらい前のことだ。この間、随分苦労したんだろうか。もともと痩身の男だけど、三年前より明らかに痩せ細っている。どちらかというと病的な細さだ。もう少し、ウッチーのことを詳しく聞いておけば良かったと思ったところに、ちょうど栗橋からの着信だ。

「もしもし、田附です。」
「どうですか、そっちは?」
「今ちょうど、店長と話をしてるところやねん。」
「そうですか、お忙しいところすみません。」
「どうしたん?」
「いや、特に用事は無いです。」
「俺のこと心配で、電話くれたん?」
「ま、まぁ。」
「わざわざ電話くれて、ありがとう。」
「いえいえ、何かあったら、言うて来てください。」
「分かった。ありがとう、クリちゃん。」

 何を心配しているのか分からないけど、ほとんど即答で俺の再就職を認めてくれた栗橋の面子を潰さないためにも、俺は頑張らないといけない。まずは、ウッチーを支援しながら、この店を盛り上げることが、最初の課題だ。

「誰からの電話やったん?」
「あ、クリちゃん。」
「はぁ?クリちゃん?」
「ああ、栗橋のこと。」
「お前は、アホか。専務って呼べや。」
「いや、昔から、そう呼んでるし。」
「今は、立場が違うねん。」
「そうやけど、ウッチー、あのな・・・」
「だから、立場をわきまえろや、アホ。」
「え?」
「誰がウッチーやねん。店長って呼べや。」
「あ、はい。」
「専務は専務、店長は店長や。分かったな。」

 たしかに、俺は新人のペーペー社員だから、この扱いも当然だ。ウッチーが、いや、内藤店長が、正しい。俺が「トイレ掃除でも何でもやります。」と言う前に、内藤店長から「トイレ掃除や、田附。」と、バケツとモップを投げ渡された。これが風俗業界の上下関係だ。内藤店長が、正しい。

「トイレ掃除、終わりました。」
「ご苦労さん。」
「はい、店長。」
「田附、トイレの淵、舐めろや。」
「え?勘弁してくださいよ。」
「早よ、舐めろや。」
「分かりました、内藤店長。」

 そう、俺は新人だ。店長の命令は、絶対。内藤店長が、正しい。

 

 


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