この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百十八話「真っ直ぐ」

time 2016/07/08

第百十八話「真っ直ぐ」

 あまりダラダラと無駄な日々を送っているのも、勿体ない。こういう思いが満ちてくると、いよいよ動く時だ。預金通帳を見ると、ピンクデザイアを始める前と同じくらいの残高になっている。だから、もう一度、自分の店を開くことも出来る。きっと、吉江は喜んでくれるだろう。

 でも、正直、オーナーの立場で店を切り盛りするのは、もう勘弁だ。真剣に仕事に取り組めば取り組むほど、現場から遠ざかる。今日の売り上げには直結しないような仕事ばかりが増える。もう、あんな日々には戻りたくない。だから、俺は、一か八かだけど、あいつのところに電話する。

「もしもし、田附やけど。」
「はい。先日は、どうも。」
「あの、急な話なんやけどな・・・」
「え?どうしたんですか。」
「いや、あのな。」
「はい。」
「クリちゃん、落ち着いて聞いてな。」
「え、はい。」
「俺のこと、雇って!」

 バカ騒ぎしながら遊び呆けているだけの日々だけど、一応、自分なりの結論に至るまで、真剣に考えた。そして、俺を育ててくれたピチピチグループに戻って、もう一度、働きたいという結論になった。雇ってくれるかどうかは、別として。

「田附さん、本気で言ってるんですか?」
「当たり前やん。」
「そうですか。」
「アカンかな。ハッキリ言うて。」

 俺は、病気になって入院して、曖昧なままにピチピチグループを去った。自分で店を開いたときには、会長から「裏切り者」と罵られた。だから、断られても仕方がない。とはいえ、この世界で仕事を続けるなら、このグループのなかで仕事がしたい。

「田附さんが戻ってくるって、誰が断るんですか。」
「え?」
「絶対に、うちのグループに必要なひとですもん。」
「クリちゃん、ありがとう。」
「会長には、俺から言っておきますから。」
「大丈夫なん?」
「俺、専務ですよ。任せといてください。」
「そうか、ありがとう。」
「俺、めっちゃ嬉しいですよ、田附さん。」

 俺の仕事ぶりを近くで見ていた栗橋が、グループ内で偉くなった今でも、俺のことを評価していてくれて、こうして喜んで迎え入れようとしてくれている。俺も、めっちゃ嬉しい。ちょっと目頭が熱くなる。

「あのな、クリちゃん。」
「はい。」
「俺のポジションのことやねんけど。」
「出来るだけ良い席をご用意します!」
「いや、ええねん。」
「はぁ?」
「全くの平社員として、雇ってほしいねん。」
「そんなアホな。」
「誰にアホって言うてんねん!」

 一度、組織を出ていった人間として、当然のことだと思う。自分の実力を外で試してみて、ダメだったからと言って戻ってきて、元の席に座ろうなんて、そんな都合のよい話はない。それでも戻りたいと思うからこそ、俺は、栗橋に電話して、何とか雇ってくれないかと頼んでいるんだ。

「ほんまに良いんですね。」
「当たり前やん、クリちゃん。」
「分かりました、ちょっと待っててください。」

 アルバイトとして採用されて、社員、マネージャー、店長と、あの頃の俺は、本当に苦労して昇格していった。あのまま外に出ずに、真っ直ぐに進んでいれば、今頃、俺が専務だったかもしれない。でも、俺にとっての“真っ直ぐ”は、寄り道だらけの“真っ直ぐ”だから、仕方がない。

「もしもし、栗橋です。」
「やっぱり、アカンかな?」
「いや、決まりましたよ。」
「何が?」
「田附さんの勤務先です。」
「え?」
「こないだ話してたプリプリです。」
「あ、ウッチーのとこ?」
「はい、そうです。」
「いつから、行ったら良い?」
「明日から、お願いします。」

 俺の再就職は、あまりにあっさりと決まった。一度、電話を切った栗橋が、どこに確認をして、誰と相談して「決まりましたよ。」と言って来たのか分からないけど、あっという間に決まってしまった。

「あ、もしもし、サエコ?」
「はい、サエコです。どうされましたか、ご主人様。」
「俺、明日から働くことにした。」
「え、そうなん?どこで?」
「うん、また、ピチピチグループで。」
「そうなんや。良かったね。」
「今日は、真っ直ぐ、帰るから。」
「分かったわ。朝までには、帰って来るんやで。」

 


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