この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百十六話「プリプリ」

time 2016/07/06

第百十六話「プリプリ」

 改めて栗橋から電話がかかってきた。汚れることを優先して、待ち合わせをスッポかしたから、さぞや怒っているだろうと思ったら、穏やかな声で「今晩こそ、ちゃんと来てくださいね。」と、随分と大人の対応だ。俺の部下だったころは、クリちゃんと呼んで、かわいがっていた後輩だけど、やはり役職が上がると、それなりの人間になるらしい。

「栗橋さん、先日は、すみませんでした。」
「もう、辞めてくださいよ。そんな改まって。」
「せやけど、お前、大出世やんけ。」
「うちのグループも、色々とあったんですよ。」
「そうなんや。何となくは、聞いてるけど。」

 実際のところ、ピチピチグループの人間とは、定期的に連絡をとっているから、外部の人間にしては、それなりに諸事情には詳しい。とはいえ、それもあくまで断片的な情報の寄せ集めでしかないので、グループの人間なら誰でも知っているようなことでも、知らないことは多々ある。

「田附さん、プリプリっていう祇園の店、知ってます?」
「プリプリって、何の店?」
「ファッションヘルスですよ。」
「いや、そんな店、知らんなぁ。」
「プリティ&プリズムって言うんですけど。」
「あ、あの、切通しの?」
「そうです、そうです。」
「あの店が、どないしたん?」
「あれ、うちの会長が買うて、うちのグループなんですよ。」
「え?そうなん?」

 二か月くらい前、この栗橋が話している“プリプリ”という店に入ってみたんだけど、男性スタッフの愛想が悪くて、待合所でも長時間待たされた挙句、「今は、この子しか居ません。」と、全く覇気のない仏頂面の女の子の一択だったから、エロいことをやる気も失せて、サービスも受けずに店を出た。まさか、あの店が、ピチピチグループだとは。驚いた。

「あそこ、内藤さんが見てるんですけどね。」
「内藤って、あのウッチーのこと?」
「はい、あのウッチー。」

 そう言いながら、栗橋の顔が険しくなった。偉そうに口ヒゲをたくわえて、アルマーニのスーツに身を包んでいるあたりは、さすがピチピチグループの専務様という出で立ちだけど、何か困ったときに頭を掻き毟るクセは治っておらず、百キロを超える大男なのに、どこか可愛げがある。

 ウッチーこと内藤さんは、俺がピチピチホームの店長だった同時期に、グループの別の店の店長をしていた男だ。内藤さんの方が、俺より年齢も勤務年数も上の先輩なんだけど、店長同士の同格だから、気安く“ウッチー”と呼んでいる。

 俺がグループを抜けたあとのウッチーが、どんな仕事をしていたのか知らないけど、ペーペーだった栗橋に追い抜かれて、心穏やかでないだろうことは想像がつく。まぁ、この世界は、実力だけの世界やから、こんなことは日常茶飯事やけど。

「お前、最近、どこで遊んでんの?」
「いや、会長と飲みに行くぐらいですかね。」
「なんやオモロないなぁ。」
「ちょっと・・・」
「なに?彼女でも出来たん?」
「ま、まぁ。」

 また、頭を掻き毟りながら、栗橋がゴニョゴニョと口籠りつつ、何かを言ってる。どうやら、一年ほど付き合っている彼女に、子供が出来たらしい。そうそう、男って言うのは、子供が出来ると、途端に外に遊びに出なくなって、面白くない人間になる。

「結婚って、どんなもんですか?」
「俺に聞かれても、知らんよ。」
「だって、二回も経験してるベテランでしょ。」
「ベテランって、なんやねん。」
「いや、ベテランでしょ。」

 俺の二回目の結婚生活は、サエコのおかげで上手くいっているようなものだ。俺が何かを頑張っているわけではない。ほんまに良い嫁だ。栗橋の結婚の相談を受けながら、俺も少しは、サエコに優しくした方が良いなと、柄にもなく思った。カオルコも、かわいい盛りだし。

「あ、会長と合流するんで、そろそろ、失礼します。」
「え、そうなん。寂しいな。」
「田附さんも、奥さんが待ってますよ。」
「そやな。ちょっとスキャンダルに寄ってから、真っ直ぐ帰るわ。」
「先輩、“真っ直ぐ”の使い方、間違ってますよ。」

 


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