この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百十五話「一文無し」

time 2016/07/05

第百十五話「一文無し」

 俺がさっさとピンクデザイアを閉めたから、「赤字続きで、儲かって無かったんだろう。」とか、「もう、アイツは一文無しやで。」などとウワサになっているらしい。俺に直接言って来ないから、わざわざ訂正して回る必要もないけど、それなりに儲かっている店だった。いや、俺に言わせれば、風俗業で赤字になるなんて、ありえへん。よっぽどセンスのない店長じゃない限り、赤字にはならない。

「そろそろ、ドンペリいこか!」
「いつも、ありがとう。」
「赤字続きの一文無しの田附が、ドンペリ開けます!」

 オヤジが死んで、京都に戻ってきて以来、俺の生活は基本、何も変わっていない。ずっと、祇園で飲み続けている。

 人生は山あり谷ありで、調子の良い時と悪い時があって当然だし、もちろん俺にも同じように人生の波がある。それでも、ずっと飲み続けていられる自分を、俺は誇りに思う。一時的に儲けて派手な飲み方をしていたけど「そういえば最近は、見かけへんねぇ。」なんて言われるのは、恥ずかしいことだ。

「おい、吉江、遅いやんけ。」
「ごめん、ごめん、ヒロ兄。」
「なに飲むん?」
「ビールで、ええかな。」
「好きにせえや。なんでも飲め。」

 ピンクデザイアをオープンさせた時には、この吉江には、随分と助けてもらった。不動産屋だから、物件を探してきて、契約を完了させるまでは仕事だけど、その後も、店で人手が足りない時に駆けつけてくれたり、近隣の店主や住民を紹介してくれたり、ほんまにエエ奴だ。

「次は、どんな物件がええかなぁ。」
「いや、もう、店は、やらへんから。」
「ヒロ兄は、仕事してた方が、楽しそうやって。」
「そら、そうやけど。」
「ほな、物件を探そ。物件探しは、吉江不動産。」

 吉江は、ピンクデザイアに相当の思い入れを持ってくれていたようで、店を閉めると言った時には、半泣きで「もうちょっと頑張ろうや、ヒロ兄。」と、ピンクデザイアを継続すべきだと、俺を励ましてくれた。サエコも含め、俺の周りは「好きにしたら、ええねん。」という人間ばかりだから、吉江は稀有な存在だ。

「ヒロ兄、他に何か考えてんの?」
「一応、考えはあるんやけど。」
「何すんの?何すんの?」

 めっちゃ嬉しそうに聞いてくれるやん、吉江くん。クマみたいな男に懐かれて、ちょっと怖い気もするけど、やっぱり嬉しい。勢いで、今の俺の考えを打ち明けそうになるけど、まだ、何も決まってないから、口には出せない。

「まぁ、そのうち、決まったら言うから、待っててや。」
「えー、教えてくれへんの?」
「まだ、なんも決まってないから。」

 ピンクデザイアを始めたときは、サエコに「そろそろ仕事を始めようかと思う。」みたいなことを言って、そのままの勢いで店を始めたんだけど、今回も、吉江に背中を押してもらって、次のアクションが起こせそうだ。

 サエコも、口には絶対に出さないけど、俺が仕事も無しに日々、遊び歩いていることを不安に感じているはずだ。入ってくるものがなくて、出ていくだけだから、お金はどんどん減っていく。まだ、カオルコは満一歳を過ぎたばかりで、これから幼稚園、小学校、中学校、高校、大学と、学費だけでも相当な金がかかる。

 自分では、何とでもなると思っているけど、やっぱり嫁を不安にさせるのは、良くない。家庭に関するあらゆることを、サエコがやってくれている。俺は、金を稼ぐのが務めだ。俺も少しは、サエコに優しくした方が良いなと、柄にもなく思った。カオルコも、かわいい盛りだし。

「あ、明日も早いんで、そろそろ、失礼します。」
「え、そうなん。寂しいな。」
「ヒロ兄も、奥さんが待ってますよ。」
「そやな。ちょっとヒロコママの店に寄ってから、真っ直ぐ帰るわ。」
「兄貴、“真っ直ぐ”の使い方、間違ってますよ。」


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