この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第八十二話「大家さん」

time 2016/02/12

第八十二話「大家さん」
 さて、自分の店を持つことについて、真剣に考えなければならない。いまさらピチピチホームに戻ることは考えられないけど、同じ木屋町でライバル関係になるようなことをして、本当に大丈夫だろうか。こういうことに詳しい人に聞いてみたら「良くあることだから問題ないやろ。」とは言われたけど、ちょっと不安だ。

「これ、ここのオーナーの名前。」
「あ、調べてるって言うてたやつ。」
「そうそう。オヤジに聞いたけど、知らん苗字やって。」
「え、どれ、見せて。」

 風俗営業が出来るような特殊な物件のオーナーというのは、かなり限られている。だから、吉江のうちのような古くからの不動産屋なら、ほとんどの物件のオーナーを知っているから、その情報力が商売の武器になる。まぁ、祇園と木屋町界隈の生き字引のような吉江のオヤジさんが分からんのに、俺が見ても、知ってるわけないもんなと思いつつ、書類に書かれた氏名を見て、めちゃくちゃ驚いた。

「会長やん!」
「え?」
「あ、いや、なんでもない。」

 所有者として甲欄に書かれている氏名は、間違いなくピチピチグループの会長の名前だ。一応、店長会議というグループ最高峰の会議に出席していた俺でさえ、恐れ多くて本名で呼んだことは無いけど、間違いなく会長の名前だ。どこにも名前を出さない人だから、吉江が調べても分からないのも当然かもしれない。

「吉江、ありがとうな。帰るわ。」
「気に入らんかった?」
「いや、ちょっと考えさせてくれる?」

 これは好機なのか、何なのか。病気が原因で辞めたとはいえ、自分の勤めていたグループのオーナーが個人所有している物件を、辞めたばかりの人間が借りて独立するって、めっちゃ複雑な関係やん。勢いに乗って、いきなり開業しようかとさえ考えていたけど、思いっきり急ブレーキを踏まされた感じだ。

 会長の性格から判断して、どういう人間が店子として入居するのか、何も見ないで貸すわけがない。だから、絶対に会長には、俺が独立してピンサロを開業したことはバレる。とはいえ、俺は会長に対して毎月、家賃を払うことになるわけだから、完全な裏切りというわけでもないはずだ。うーん、判断が難しい。

「もしもし、田附やけど。」
「はい、ヒロ兄。ちょっとご無沙汰です。」
「あの物件やけどな。」
「はい。」
「大家さんに、借りたい人がおるって連絡してくれる?」
「え?ヒロ兄、やるの?」
「大家さんが貸してくれるんなら、やろうかなって。」
「分かった。すぐに電話するわ。」

 自分でいくら考えても、結論が出ないことは分かっている。シズエとのことでも、俺がひとりで考えすぎたことが、関係がこじれた原因でもあるから、当たって砕けろの気持ちで、思い切って会長の判断に委ねることにした。

 ついでに、吉江が教えてくれたけど、あの店の前の経営者は、十八歳以下の女の子を働かせていることが見つかり、九十日の営業停止処分を受けて、資金繰りがショートして夜逃げしたらしい。こんなん風俗で働いてる人間にとっては、絶対に御法度なことやのに、素人が経営してたんかな。あ、吉江から電話だ。

「大家さん、オッケーって言うてはるで。」
「え?そうなん?」
「ヒロ兄、大家さんと知り合いなん?」
「え?いや、知らんで。」
「お手並み拝見、楽しみにしてるわ、アホ。って伝言されたで。」

 吉江からは、こんな他人を馬鹿にしているオーナーから借りなくても他にも物件を探すから大丈夫やでと、俺の気持ちをなだめるような優しい言葉を貰ったけど、今、俺は、心のなかで「やったるで!」と大絶叫している。嬉しいとも違う、悔しいとも違う、なんとも言えない感情だけど、思いっきりケツを叩かれた競走馬のように、とにかく前を向いて走り出したい気分だ。

「ありがとうございます。頑張ります。って伝えといて。」
「え、それでええの?」
「やって見せるしかないやん。見ててくれたら、ええねん。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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