この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第八十話「吉江」

time 2016/02/10

第八十話「吉江」
 サエコに「仕事を始めようと思ってな。」と言ったことで、店に行くたびに嘘を上塗りしなければならない状態になっている。かなり後ろめたい。ビリヤード場から直接、ル・シャネルに行けば近いのに、わざわざ家に帰ってスーツに着替えてから行ったりしているのが、自分でもなんだか空しい。

「ほんまミーティングに遅れて来るやつとか最低やわ。」
「ヒロキさん、ほんまに仕事を始めるんやね。」
「そうやで。」
「私も、時間を守らない人とか、大嫌い。」
「そやろ。」
「あと、嘘をつくひととか。」

 サエコよ、あんまり俺の心に刺さることを言わないでくれ。この状態を続けるのは、どうも気分が晴れないから、少し前向きになって、仕事をしてみようかと思っている。これは本当。だから、前々から不動産屋の吉江に見て欲しいと言われていた物件を見に行くことにした。

「ヒロ兄、明日、ここの前で十四時でお願いします。」
「ほんま、あの、見るだけやで。」
「はい、分かってますよ。」

 顔を真っ赤にして酔っぱらってるのに、商売熱心やな。吉江から渡された手書きの物件概要によると、三階建ての一棟で、去年の年末まではピンサロとして営業していた物件らしい。詳しい場所を教えてくれたら自分で見に行くのに。

 次の日、予想していたから腹も立たないけど、吉江は十五分くらい遅刻してきた。朝から物件案内していた客が、すぐに契約すると言い出して、対応に追われていたらしい。髪の毛には、思いっきり寝ぐせがついているんだけど、これは最新のヘアスタイルなんだろうか。冬なのに、ジャケットを着てないし、顔全体が汗まみれだし、ほんまにちゃんと仕事してんのかな、こいつ。

「いや、その、待たせてすみません。」
「もうええから、早よ行こ。」
「は、はい。そっちです。」

 どうして、あの場所で待ち合わせしたのか分からないほど、めっちゃ歩かされた。吉江はデブのくせに早足で、高瀬川に突き当たって左に曲がり、さらに足を進める。もう疲れたから「今日は、やめとこ。」と言おうとした瞬間、吉江が「はい、ここです。」と指さした。

 各フロアが四十六平米と書いてあるから、さほど大きな物件だとは思わなったけど、実際に見てみると、思っていたよりも小さい。郵便受けに突っ込んであるビラを鷲掴みした吉江は、何枚かの封筒を抜き取って、その他の紙の束を、建物の脇にある黒いポリバケツに投げ捨ててから、自分のカバンを漁って、百個くらいのカギの束を取り出した。あ、なんかこいつ不動産屋っぽいな。

 とはいえ、やはり吉江は吉江だ。小さいけど俺に聞こえる声で「違う。これも違う。」と言いながら、次々とカギを差していく。

「もう、早よせえや。」
「すみません。ちょっと、ちょっと待ってください。」
「今度にしよか。」
「いや、もうすぐ。」
「まだ、八十個くらいあるで。」
「うわ、当たり!」
「うわ、当たりって何やねん。黒ひげ危機一髪か!」

 シャッターを開けて、いよいよ物件のなかを確認させてもらおうかと、手に持っていたトートバッグを肩にかけ直したけど、今度は、扉のカギを当てるゲームが始まったらしい。もう、なんやねん。気持ちよく見せてくれや、ほんまに。

「おまたせしました!どうぞ!」
「はいはい。」

 かなりテンションは下がったけど、せっかく来たから、物件の中に入る。たしかに、つい先日まで営業していたというだけあって、多少のホコリは溜まっているけど、綺麗にしてある。でも、この状態で放置されているということは、前の経営者は夜逃げしたんかな。風俗の世界も一か八かやから、やるとなったら真剣にやらんとアカンな。

「どうですかね?」
「いやいや、まだ、入り口しか見てへんやん。」
「あ、そっか。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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