この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十九話「キッチョン」

time 2016/02/09

第七十九話「キッチョン」
 店から出るときには、翌日の晩飯の約束をしていて、自然の流れでそのまま同伴をするというのを、完全な惰性だけど繰り返している。もう既に二十日目。斉藤や友人たちからは、キャバクラには興味が無いって言ってたのにと馬鹿にされているけど、サエコと一緒にいたら、なんか落ち着くねん。

 美人だし、スタイルも抜群だし、性格も底抜けに明るい。オドオドしながらも、なんとなくキャバ嬢として様になってきているし、年が十一歳も離れているのに、やたらと会話が弾む。ただ毎日ずっと遊んでいるだけなんだけど、やっぱり病人なので、ちょっとしたことで心が荒みがちの俺にとって、サエコといる時間は掛け替えのないものになっている。

「もうちょっとで、私、一位になるらしいよ。」
「え?ナンバーワンってこと?」
「そう、それ。ナンバーワン。」
「サエコ、お前、なんか凄いな。」

 たしかに、サエコの会話術は、キャバ嬢になるために産まれてきたと言ってもおかしくないレベルだ。俺の友人たちを連れて来ても、誰とでも仲良く話をする。克己なんかは、初対面の女とニコニコと話しするタイプじゃないけど、サエコとは満面の笑みを浮かべて話していた。

「あと、いくら足らんの?」
「え?なにが?」
「だから、ナンバーワンになるのに、いくら足らんの?」
「え?分からん。」
「ちゃんと聞いとけよ、そんなん。」

 こういう肝心なところが抜けているのも、またかわいい。あとは、一回だけでもやらせてくれたら嬉しいねんけど、話を逸らされるか、酔っぱらうかのどっちかで逃げられるので、まだ、どこに住んでいるのかさえ知らない。こういうガードが堅いのもまた、ええやん。

 明日は、シェリーちゃんの部屋に遊びに行くことになってるから、同伴で来ることは出来ないんだけど、なんて口実を言ったら良いのか、まだ答えが出ない。なんか俺、完全にサエコに翻弄されてるわ。

「明日こそ、キッチョンに連れて行って欲しいなぁ。」
「なにそれ?」
「ほら、嵐山の料亭、キッチョン。」
「それ、吉兆やろ。」
「あ、そうなん。キッチョン。」

 はっきりと覚えてないんだけど、何日か前に、吉江と一緒に来た時に、吉兆の話をしていたらしい。それを聞いていたサエコが、「私、そこ行きたい!」と言ったのに対して、俺が「ええよ。連れて行ったる。」って答えたらしい。ほんまかな。

「明日、俺、仕事やねん。」
「え?無職と違うの?」
「そろそろ、仕事を始めようと思ってな。」
「そうなん。おめでとう。」
「え?ありがとう。」
「なんか私も嬉しい!」
「明後日、サエコ休みやろ?」
「うん、そう。」
「そしたら、明後日、吉兆に行こ。」
「ほんまに!嬉しいわ!」

 とりあえず、明日の同伴は、うまいこと逃げれたから良かった。ずっとオープンから連続で来てたル・シャネル出勤記録が途切れるのは悔しいけど、シェリーちゃんが待ってるから仕方ない。スキャンダルのホール課長が仕事で、シェリーちゃんが休みの日って、かなり少ないから、この日を逃すわけにはいかない。

「ねーねー、なんの仕事を始めるの?」
「え、まだ分からん。」
「分からん仕事を始めるの?なにそれ面白い!」
「水商売は、あんまり仕事の話を聞いたらアカンで。」
「あ、そうなんや。ごめんなさい。」

 サエコに嘘をついたことに、罪悪感が沸いてくる。全く仕事を始める気も無いのに、シェリーちゃんのためとは言え、嘘をついてしまった。ごめん、サエコ。

「あと幾らでナンバーワンになれるか、聞いて来いや。」
「え?」
「ええから、早く。」
「あ、はい。」

 いくらって言われるか分からないけど、もう決めた。今日、サエコをナンバーワンにするまで、思いっきり飲んだる。携帯電話を見て、今から来そうなヤツを全員呼び出して・・・、えーっと、ここから後の記憶がない。でも、とりあえず、サエコをナンバーワンにするという目標だけは達成してから、帰ってきたはず。ああ、久しぶりに二日酔いやわ。

嵐山吉兆 冬の食卓 (文春文庫)
徳岡 邦夫 山口 規子
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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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