この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百十二話「おしまい」

time 2016/03/25

第百十二話「おしまい」

 坂下事務所からの着信があるだけで、憂鬱な気分になる。もしかしたら「田附さん、今月の書類は、完璧でした。」って褒められる内容かもしれないと、無理やりにテンションをあげて電話に出るけど、やっぱり、これがダメ、あれがダメと、提出した書類の枚数よりも多いんじゃないかってほどに大量のダメ出しをされる。

「すみません、お手数をお掛けします。」
「田附さん、来月は、真面目にお願いしますよ。」
「いや、俺、普段から至って真面目なんやけど。」
「はいはい。失礼します。」

 毎月、安くない料金を払っているのに、どうも上から目線で物を言われて、ムカつくな。とはいえ、こんなに不出来なクライアントを見捨てることなく、ずっと相手にしてくれているんだから有り難いと思わないといけないのかもしれない。事務処理が出来るような子を、雇った方がええんかもな。

「オーナー、これが、また来ています。」
「看板を外せって、役所からのお手紙やろ?」
「はい、そうです。」
「無視してたら、ええよ。」

アルバイトの谷崎君、いや、谷垣君だったかな。しっかりと仕事がこなせて、ハキハキと話が出来る好青年で、すごく良い。彼を見ながら「俺の若いころを思い出すわ。」って言ったら、山下さんが大笑いした。まぁ、この谷なんとか君の方が、男前なのは認めるけど、あんなに笑うほど面白いことかな。

「来月末には、何とか辞めたいねん。」
「分かってますから、山下さん。」
「うん、頼むで。迷惑をかけるけどな。」
「はい。」

 どうやら山下さんは、以前に勤めていた大阪ミナミの風俗店に戻るつもりらしい。ジュンちゃんとかメイちゃんとか、山下さんが連れてきた女の子が、既に大阪に戻って働き始めているのとも、関係があるのかもしれない。例の山下さんを殴りまくって帰って行った大阪ミナミのオッサンが、わざわざ俺に電話してきて、そんなことを言っていた。

「前とは逆の立場やけど、引き抜きと違うからな。」
「はい、分かりました。」
「くれぐれも、変な風に思わんといてな。」
「いえ、はい、大丈夫ですから。」
「ほんまに、頼むで。」

 どうやら、あのオッサンは、俺の前の職場がピチピチグループだということを知って、京都を地場としているヤクザの月輪雷蔵会と関係があると思い込んでいるらしく、俺がヤクザにチクって殴りこんで来るのではないかと心配している様子だ。俺に、そんな力があるわけないやん。

 木屋町の商店会の寄り合いでも、風俗業界の人間に対して、ヤクザと関係が深い業界という疑いの目で見ている人も多くて、「怖いから、近づきたくなかったんや。」と言われた。俺と直接会って話をしたら、色んな誤解が解けて、逆に俺のことを気に入ってもらえたみたい。

「あんた、道を歩いているとき、怖い顔してるやろ。」
「ええ、嘘ですやん。」
「ほんまや。鬼みたいな顔してたわ。」
「こんな可愛い顔の人間、なかなか居ないですよ。」
「そうや、今、じっくり見たら可愛い顔やねん。」
「そうでしょ。」

 子育てに奮闘中のサエコとも、少しずつ落ち着いて話が出来る時間が増え、その日の出来事を報告したら、自分なりの意見を言ってくれるようになった。店の女の子とのエピソードを話すのを躊躇うときがあるけど、それでも大体のことは、サエコに打ち明けて、意見を貰うように心がけている。俺の百倍くらい前向きな人間だから、百倍くらい前向きな意見が出てくる。

「え、ほんまに言うてるの?」
「うん、どうやろ。」
「ええのん?それで。」
「何とかなると思うわ。まだ、蓄えがあるし。」
「それやったら、好きにしたらええよ。」
「ありがとう。」

 基本的には、俺の言うことを真剣に聞いてくれて、思い付きではなく、ちゃんと考えた結果だと分かれば、俺のことを応援してくれる。これがサエコだ。自分の奥さんのことを、あんまり褒めるのもおかしいけど、ほんまに良く出来た嫁さんやねん。

 サエコからの承認を得れば、あとは、もう一人だけ。店を辞めたい辞めたいと毎日のように言ってくる山下さんにも、俺の考えを伝えなければならない。店が忙しい時間帯だからと不安そうにしているけど、「大事な用件だから。」と言って、オフィスに呼び出して、それぞれ椅子に座って面と向かう。

「辞めるって言うてる話やけど。」
「うん。」
「俺、この店、閉めるわ。」

 なんかもう疲れたっていうのが本音だ。ピチピチホームの店長から独立する形で、自分の店を持ったのは良いけど、ちょっと甘かったと思う。誰も守ってくれる人がいなくて、全部を自分で決めなくてはならなくて、そして、全部を自分でやらなければならない。俺には無理やった。でも、やれるだけのことは精一杯やったから、後悔はしてないねん。

 この日から二週間後、ピンクデザイアは閉店した。営業日数、千日目のことだった。

 

第三章「さらに京都」 完

第一部 完

 

<おしらせ>
しばらく、連載をお休みします!(再開日未定) また、第二部が始まりましたら、よろしくDEATH! ここまで読んでいただいた皆さま、ありがとうござい〼

きゃっぷ

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。 ※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。


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