この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百九話「疎外感」

time 2016/03/22

第百九話「疎外感」
 朝八時過ぎに、経理を依頼している坂下事務所から電話で呼び出された。俺、営業に関することなら何でも出来る自信があるんだけど、正直、申請とか税金とか、そういうのが苦手だから、とにかく全てを任せてある。毎月、月末までに二十日までの売り上げや給料、光熱費、家賃などを書いた書類を提出するんだけど、これさえ面倒だ。
 
「こんなん経費で落ちませんよ。」
「そうなんですか、付き合いの飲み代ですよ。」
「ひと晩に、二人で、二十五万円。ちょっと無理やわ。」
「どうしたら良いですかね。」
 

 頭では、店と個人の財布が違うのは分かっているけど、酒を飲んでしまったら、その辺の線引きをするのが難しい。減価償却が云々と言われても、そもそも設備投資が少ない業態だから、風俗の利益率からすると微々たるものだ。坂下先生の部下の男性から、細かな知恵は貰えるんだけど、どう考えてもピンクデザイアの売り上げからすれば、焼け石に水の節税対策だ。
 
「正直に、払ったらええんですかね。」
「誰も、脱税しろとは言うてないで。」
「せやけど。」
「無駄な税金を払わんようにだけ、アドバイスしてんねん。」
 
 こういうとき、神童だった頃の俺の頭がグルグルと回転して、最適な答えが導き出せれば良いんだけど、面倒くさいって思いが先行して、どうも思い通りに動いてくれない。ピチピチホームでは、毎日の日報のようなものを送っておけば、あとはグループ本社の経理がやってくれたから、こういう仕事は、やらなくて済んでいた。あれ、良い仕組みやったな。
 
 坂下先生から、もう一度、書類をまとめてから、再提出するようにと言われて、二日前に届けたばかりのファイルを突き返された。これもオーナーの仕事だと諦めて、三階のオフィスに引きこもって頑張ってみるけど、集中できない。
 
「よし、もう明日にしよ。」
 
 カオルコが産まれてからというもの、自宅に帰るのが楽しくなった。初めての子育てに苦労しながらも、カオルコに微笑みかけるサエコの姿が、とても美しい。母子が待っていてくれるから、俺は精一杯に仕事が出来るし、仕事が終われば真っ直ぐに帰宅する。そんな生活が、一か月くらいだけ、続いた。
 
「めっちゃ疎外感やわ。」
「どないしたん?」
「俺のこと、見てくれへんねん。」
「赤ちゃんは、手が掛かるから仕方ないわ。」
「そら、そうやけど。」
 
 そりゃあ、カオルコが可愛いのは分かるけど、子供の両親である前に、俺とサエコは夫婦なんだから、もうちょっと男女の関係を大切にしてほしい。ピンクデザイアの方も忙しくて、愚痴りたいこともあるんだけど、サエコは聞いてくれないから、仕方なく祇園のクラブで馬鹿騒ぎしている。飲んで騒いで、また明日も頑張るねん。
 
「お疲れさま。」
「なんや、起きてたんや。」
「さっきまで、カオルコが泣いてて。」
「そうなんや。」
 
 サエコは、俺の帰りが遅くても、決して文句は言わない。どれだけ子育てが大変でも、これは女の仕事だからと言って、俺が手伝うのを嫌がるくらいだ。
 
「明日、定期健診やねんけど、一緒に行ってくれる?」
「ええよ。」
「ありがとう。おやすみ。」
 
 ピンクデザイアは、風俗雑誌に大きな広告を打った効果もあって、業績は好調だ。佐伯専務から「今月の売り上げは、いくらなん?」と聞かれて、馬鹿正直に答えたら、「そんなにあるわけないやろ。」と信じてもらえなかったくらいで、お客さんに満足してもらう店づくりには自信があるんだけど、それ以外の業務に追われて、蜘蛛の巣に捕えられたような気分だ。こんな話、今のサエコには出来へんけど。
 
「カオルコちゃん、俺のカオルコちゃん。」
「もう起こしたらアカンよ。」
「サエコちゃん、俺のサエコちゃん。」
「もう寝ました。」
「明日、何時に病院に行くん?」
「九時半。」
「そうか、分かった。」

新しいパパの教科書

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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