この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百八話「カオルコ」

time 2016/03/21

第百八話「カオルコ」
 そういえば、シズエは元気にしてるんかな。病院に見舞いに来てくれたのを最後に、もう二年以上も一切会ってないけど、良い男を見つけたんかな。再婚したんかな。まもなく俺に子供が出来るって聞いたら、ビックリするやろな。幸せに暮らしててくれたら、ええねんけどな。
 
「田附さん、入ってください。」
「え、はい。」
「産まれそうです、早く。」

 サエコが最初に分娩台に座ったのは二日前のことだ。俺のイメージだと、長くても八時間以内だろうと思っていたから、まさか足掛け三日を要するとは想像してなかった。カオルコちゃん、そろそろ、出てきたってや。お母さんに苦労をかけたらアカンで。
 
「ヒロキさん、ヒロキさん。」
「どうしたん、サエコ。」
「たぶん産まれる。もうすぐやわ。」
「がんばるんやで。」
 
 サエコの手を思いっきり握り締めようとしたら、逆にサエコの方が思いっきり握り返してきて、めっちゃ痛い。いや、もちろん、サエコの方が激しい痛みに耐えてるんやから、俺もこれくらい我慢するけど、どこから、こんな力が湧いてくるんだろうかと不思議に思う。

 周りの友人たちからは、出産に立ち会ったら、嫁に頭が上がらなくなるから、やめておいた方がいいと言われていた。たしかに、その通りだ。新しい命が産まれてくる神秘的な瞬間というよりも、人間の動物的な生々しさを感じて、無我夢中で頑張っているサエコに尊敬の念の感じた。母も子も、頑張ってる。

「田附さん、元気な女の子ですよ。」

「あ、ありがとうございました。先生。」
「頑張りましたね。」
「はい。サエコ、ようやったなぁ。」

 やっと産まれてきたカオルコは、お地蔵さんみたいな優しい表情で、笑っているように泣いている。三日間の出産を耐え抜いたサエコは「私たちのカオルコちゃん。がんばったね。」と呟いてから、静かに眠りについた。新しい命と引き換えに、死んでしまったんじゃないかと思ったけど、ちゃんと生きてる。良かった。ほんま、お疲れさん。

 母子ともに眠ってしまったから、俺、やること無いやん。店に電話をかけて、無事に子供が産まれたことを報告すると、山下さんが、やたらと喜んでくれた。大変なときに三日間も店を留守にして、申し訳ない気持ちだったけど、「大丈夫やから、家族との時間を大切にしいや。」と言ってもらえて、心が楽になった。ありがとう、山下さん。

 深夜二時頃、興奮して眠れないから、病室で本を読んでいたら、サエコが目を覚ました。これから分娩室に向かう夢を見ていたらしく、「もう、私、産んだよね?」と真顔で聞くもんだから、「いや、これからやで。」と冗談で返そうと思ったけど、思わず吹き出して大笑いしてしまった。

「サエコ、ありがとうな。」
「ヒロキさんも、ありがとう。」
「俺、見てただけやもん。」
「ううん、応援してくれる声、聞こえてたよ。」
「そうか。よかった。」

 夜が明けて、俺とサエコの家族や親戚、友達たちが病院に遊びに来てくれた。サエコは、まだ起き上がれず寝たままだけど、「お父さんに似てる。」とか、「お母さんに似てる。」とか、「もう私も、お婆ちゃんになってもうたわ。」とか、「お父さんに似ませんように。」とか、ワイワイと賑やかな病室の雰囲気を楽しんでいる。

「サエコ、俺、ちょっと出てくるわ。」
「はいはい、どうぞ。」
「なんかあったら、連絡してや。」
「はいはい。」

 さすがに三日間も店を開けると、不安になってくる。特に今回は、女の子同士の揉め事があった夜を最後に抜けてしまっているから、山下さんには本当に申し訳ないことをしてしまった。電話では、俺のことを気遣ってくれてたけど、きっと問題が山積みに違いない。

「あれ、田附さん、おはようございます。」
「どうや、色々と問題だらけやろ。」
「え?べつに何も無いですけど。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。


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