この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第百五話「裏切り者」

time 2016/03/16

第百五話「裏切り者」
 いきなり「裏切り者」と言われて、その通りだとは思ったけど、このデカい声で言われると、心と身体に響く。どうやら、佐伯専務も、俺と会長を遭わせるつもりはなかったみたいだ。最後に会ったのは俺が入院する前だから、もう二年半ぶりくらいの再会。
 
「元気しとんのか?裏切り者。」
「いや、裏切りとは、ちゃうんですよ、会長。」
「ピンク何とかデザイアって、やってるんやろ?」
「はい、ピンクデザイアです。」
「ほら、みんな。こいつ、裏切り者やで。」
 
 俺があの物件を借りるとき、吉江を通じて「お手並み拝見、楽しみにしてるわ、アホ。」っていうメッセージを貰ってるから、一応は会長からも承認は貰えてるはずだ。そうだ、この件で、話の流れを変えよう。
 
「良い物件をお貸しいただいて、ありがとうございます。」
「おう、毎月、遅れんと偉いな。」
「いえ、もちろんです。」
「あれの五十万円、助かるわ。」
「え?百五十万円ですよ。」
「俺の取り分は五十万円や、アホ。」
 
 この人は、やっぱり鬼だった。俺が借りているピンクデザイアの入居している物件は、会長の所有ではなく、会長が百万円で借りた物件を、俺に転貸している形らしい。俺、毎月、何もしてない人に、五十万円も払ってたんか。めちゃくちゃやん。
 
「そうなんですね。」
「そうや、アホ。」
 
 本当は「そんなん、めちゃくちゃですやん。」と言いかけたけど、京都の風俗業界において雲の上の存在の会長には、そんなことは言えるわけもなく、「そ」と声を発した瞬間に、軌道修正した。これが世の中の縮図なんだろう。金は、持っている人のところに、さらに多くの金を運んでくる。俺には勝ち目が無いわ。生きる力が違うねん、この人は。
 
「ほんま裏切ってないですから。」
「そやな。今月も家賃を忘れんと頼むで。」
「はい、末永く、よろしくお願いします。」
「おう。」
 
 いつから「お客様は神様」っていう日本の古き良き慣習は、無くなってしまったんだろう。家賃を払っている客の立場の俺が、毎月の家賃を受け取っている側の人間にペコペコしてるやん。まぁ、日本の裏社会の人たちとも堂々と対等に渡り合える人だから、俺程度の神様なんか、怖くも何ともないんだろうけど、どうもしっくり来ない。
 
「会長は、お元気ですか?」
「いや、実は、俺な、もう長ないかもしれへんねん。」
「え?」
「医者から、言われてん。」
「なんか病気なんですか?」
「あと、持って五十年らしいわ。」
「持ちすぎですやん。」
 
 会長は、俺よりも六つ上やから、今年で三十八歳のはず。木屋町で有数の風俗グループを仕切ってるのが、こんなに若い男だとは、誰も思わんやろな。あと五十年生きても、まだ八十八歳か。この人には、これから一生ずっと、頭が上がらん気がする。
 
「ほな、俺、行くで。」
「そうなんですか?」
「なんや田附、嬉しいんか?」
 
 決して心の内を正直に言わないのが、日本男児だ。必死で顔に笑みを浮かべて「もっと会長と話をしたいことが、いっぱいありましたのに、残念です。」と声を絞り出す。いや、そんなことより、会長が俺の名前を覚えていてくれたことが嬉しい。なんだかんだで、うちの店の名前も覚えててくれてたし、会長の頭の片隅には、一応、俺のことを記憶してもらえてるんやな。
 
 会長がいなくなっても、しばらくの間は、会長の話になる。みんな、会長のことが怖いのは怖いけど、それでも会長のことが好きで、各自が自身と会長とのエピソードを披露しては大笑いする流れが続く。こういう時、一番楽しそうなのは佐伯専務だ。腹を抱えて笑っている。
 
「もしもし、田附さんですか?」
「どないしたん?」
「いま、店に戻れますか?」
「落ち着いて話してや、山下さん。」
『この男、猥褻につき』連載100回記念Tシャツ
40644125

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。


sponsored link