この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十七話「別れ」

time 2016/02/06

第七十七話「別れ」
 あの日以来、シズエには会っていない。同じ病院のなかで別の個室に移っただけだから、その気になれば、俺のことを見つけ出すのは容易だったはずだ。それでも、シズエが俺の前に現れないのは、全てを察したからだと思う。シズエと俺は、一緒にいることによって、お互いを傷つけることしか出来ない関係であることを。
 
 実物のシズエがいなくなっても、俺とシズエの対話は続いている。問答と言った方が正しいかもしれない。夫婦喧嘩は犬も食わないとは良く言ったもので、どれだけ冷静にシズエに向き合っても、お互いが納得できるような答えには、到底辿り着きそうにない。
 
 昨日の晩、アキコの実家に電話した。ピチピチホームと専務のほかに、覚えている電話番号がひとつだけあって、どこに繋がるんだろうとかけてみたら、アキコの実家だった。彼女の母親が電話口に出たから、咄嗟に「田附と申しますが、アキコさん、いらっしゃいますか?」と口に出したら、「すみません。あいにくアキコは外出中です。」と言われ、少し残念な思いをした。
 
 なかなか寝付けない夜、シズエを掻き消そうと、オヤジとの思い出を頭に浮かべていたら、本当に近くでオヤジが「ええねん。お前はお前や。」と言ってくれた気がして、一時的には気持ちが落ち着いたけど、病院のベッドに横たわっている自分のことが無性に嫌になり、「ごめん。オヤジ。」と口走った途端、涙が止まらなくなった。
 
 自分の弱気を自覚したとき、いつもそっと添い寝してくれるのは、マイだ。俺のことを全て理解してくれていて、なにも言わず、ただ俺のことを包み込んでくれる。マイと話をするときは、真っ裸になる。もちろん、マイも裸だ。なにもしなくて良い。裸で抱き合っているだけで、底知れぬ安心感に浸り、静かに眠ることができる。朝、看護婦さんの悲鳴で目覚め、自分が生まれたままの姿でいることに気付いて、慌てて布団に潜るというのを何度か繰り返していて、正直、ちょっと恥ずかしいけど。
 
「このところ、良く寝れてるみたいですね。」
「はい、眠るのに時間がかかる時もありますけど。」
「そろそろ、自宅療養に切り替えるときかな。」
 
 サラリーマン風の七三分けをした真面目そうな担当医は、本当に親身になって、俺のことをケアしてくれた。まだ、感情を上手くコントロールできない時があるから、病院を離れるのが怖いという気持ちもあるけど、この先生が言うのなら頑張ってみようかと思える。こうして俺の三か月もの入院生活が終わった。
 
 俺の退院を知った友人たちが、祇園で快気祝いのパーティをしてくれると言う。まだ、今後も通院しながら治療を続けるから、快気祝いという名目には違和感を感じたけど、こうやって俺のことを気にかけてくれる仲間が集まって一緒に飲んでくれるのは、本当に嬉しい。なぜか母親と弟も来ている。この面子を見ていると、披露宴のことを思い出して、ちょっと気分が重くなるけど。
 
「おかしな奥さんをもらって、大変やったな。」
「ま、まぁな。」
「俺、最初から田附には合ってないと思ててん。」
「そうなんや。」
「性格が最悪の女やって、顔見て気付いたわ。」
「お前、それ、言い過ぎやろ。」
「悪いクジを引いたな。大凶のさらに大凶やわ。」
「いい加減にしろや。」
 
 俺は、テーブルを叩いて、席を立った。もちろん、シズエの話題は避けられないけど、これまでの事情を何も知らない奴から、一方的にシズエの悪口ばかりを聞かされると腹が立つ。シズエは、ええ女や。俺と結婚したのが悪かっただけで、他の男となら、幸せな夫婦生活が送れるはずや。怒りにまかせて、店を飛び出した。まだ午後九時にもなってない。俺、主役やのに、何やってるんやろ。情けない思いで、家路についた。そして、ベッドで泣いた。
 
 まだ本調子ではないから、仕事には行けない。いや、行きたくない。店のトップが具合悪そうに、オフィスの椅子に座っているような店は、俺の趣味に合わない。ピチピチホームから俺を遠ざけようとしたシズエの影響が残っているのかもしれないけど、とにかくまだ、店に出る気にはならない。
 
 週三回の通院だけが、俺の今の仕事だ。かわいい看護婦さんのいない自宅療養に退屈そうな兄貴を哀れに思ったのか、弟がビリヤードに誘ってくれた。俺の影響でビリヤードを始めた弟だけど、今は明らかに俺よりも上手い。さすが我が弟、かなり腕を上げてるやん。兄貴として面目を保つためにと通い始めたら、またビリヤード熱が再燃して、ほぼ毎日、ビリヤード場に通うようになった。
 
 ゲームに夢中になっていると時間が過ぎるのも早い。斎藤から携帯電話に着信がきた。窓の外を見たら、既に日が暮れているから、要件はひとつしかない。電話に出ると「今晩も、おっぱい治療のお時間ですよ。」と、無駄にテンションが高いスキャンダル病院へのお誘いの電話だった。もちろん、行くに決まってるやん。
 
「マリリンちゃーーん!会いたかったでー!」
「たっちゃん、ちょっと痩せたなぁ。」
「栄養を貰いに来たで!」
 
 マリリンちゃんの胸の谷間に顔をうずめる。三か月ぶりのマリリンちゃんも、かわいいわぁ。やっぱりスキャンダル最高。辛気臭い病院のベッドで寝てるより、ここに毎日通ってる方が、俺にとっては良かったかもしれんわ。さぁ、今日も元気に、だっこちゃん、だっこちゃん。そろそろ、ボックスゴーゴーが始まりまっせ。
 
 お見舞いに来てくれたお礼参りだと称して、祇園のクラブをハシゴして次々とシャンパンを開ける。友人たちも続々と集まってきて、みんなで飲む。今日も、朝までやで。こんなビリヤード場と祇園通いの毎日は、傍から見れば、どこが病人やねん!とツッコミたくなる生活かもしれんけど、こうして酔っぱらってないと気持ちが落ち着かないというのが正直なところ。あんまり良い酒じゃないのかもしれない。
 
 今、祇園で一番ホットな話題は、木屋町にオープン予定の大箱のキャバクラのこと。佐伯専務も、お見舞いに来てくれた時に話していたやつだ。新しい形態の店が出来れば、またこの界隈が盛り上がるという人たちも居れば、やはり古き良き伝統が失われる危機だと黒船襲来のような反応をする人もいる。俺は、あんまりキャバクラには行かない。だから、オープンしたら様子見に行ってみようという程度で、いまいち、この話題には興味がない。
 
 しばらく飲み続けていれば、そのうち、仕事がしたくなるだろうと気楽に構えていたら、ズルズルと二カ月が経ってしまった。やっぱり、シズエの怨念だろうか。いや、まだ死んでないから、オバケみたいに扱ったら、またシズエに怒られるわ。まぁ、俺に対して怒る材料なんて山のようにあるから、新しいネタは必要ないかもしれんな。
 
「もうピチピチを辞めたらええやん。」
「シズエ、何を言うてんねん。」
「店の女の子たちと離れるのが寂しいんやろなぁ。」
「だから、違うって言うてるやん。」
「じゃあ、なんで辞めへん の。」
「うるさい!もう、黙っててくれ。」
 
 このままやったらアカンことは、俺が一番、分かってる。だから、自ら流れを変えるしかないことも、分かってる。いちいちシズエから小言を言われてイライラしてるけど、実際のところ、ちゃんと仕事に向き合えていない自分に対して、俺自身がムカついているだけだ。もう、ちゃんとした方が良い。
 
「もしもし、田附です。」
「おお、調子どうや。」
「まだ、病院通いですけど、身体は元気です。」
「そうか。で、なんや?」
「明日、何時でも良いんで、時間をください。」
 
 退院の報告以来、久しぶりに電話したけど、専務はいつも通りだった。仕事には超ストイックだけど、部下や女の子に対する思いやりは、人一倍だ。決して専務から「早よ、店に戻って働け。」とか催促する電話はないけど、もう待たせるわけにはいかない。
 
 待ち合わせ場所は、例のピチピチホームの近所の喫茶店。約束の時間の十分前に到着したけど、もう既に、佐伯専務の姿が窓越しに店外から確認できる。慌てて扉を開けて店内に入り、専務の座っている席へと近づく。俺、ちゃんと話せるかな。めっちゃ緊張するわ。なんやこれ。
 
「おう、田附、顔色ええやん。」
「は、はっ、はい。」
「どうしてん。とりあえず、座って落ち着け。」
 
 なんとなくだけど、立ったままで話そうと思った。もう勢いに任せて言わないと、ダメだ。昨日、どうやって話そうかと色々と考えたはずなのに、何も言葉が出てこない。やばい。
 
「なんや?」
「おれ、俺、仕事を辞めます。」
「そうか、分かった。止めへんで。」

< 第二章「京都」 完 >

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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