この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十六話「変化」

time 2016/02/05

第七十六話「変化」
 無我夢中で話をした。頭のなかのシズエを抑えながら、自分の想いを伝える作業に追われて、先生の言葉に耳を傾ける余裕はないし、先生の表情を見ることなどハナから忘れていた。ただ、俺の状況を改善するためには、とにかくシズエとは離れなければならないと、思いをぶつけた。

 その甲斐あってか、先生も迅速に対応してくれて、同じ間取りだけど別の階の個室に移動してくれて、患者氏名のプレートは掲げず、代わりに面会謝絶の赤字のプレートをぶら下げてくれた。この対応に安心した俺は、珍しく昼まで眠り続け、昼飯を配膳する物音で目覚めた。十二時間以上、ずっと寝続けるなんて、入院してから初めてのことだ。

 病室が代わったことについて、弟に連絡をしてもらうように看護婦さんに頼んであったから、病院から連絡を受けた弟が、午後二時過ぎに、母親と一緒に病室に顔を見せに来てくれた。弟曰く、既に俺の顔色に変化が出ていて、表情から温かみが感じられるそうだ。そんなにスグに変化が出るものなんだろうか。

「操り人形みたいで怖かったもん、兄ちゃん。」
「そうか。」
「ほんま自覚がないんやなぁ。」

 その後も、しばらく見舞いに来なかった友人たちが続々と病室を訪れ、看護婦さんから「一応、面会謝絶ってことにしてあるんですから、静かにしてもらわんと困りますよ。」と注意されるほど、賑やかな午後になった。みんな、俺のことを忘れてたんと違うんやな。ほんま良かったわ。

 楽しい時間は過ぎるのが早く、面会時間が終わって、みんなが帰ってしまうと、ひとり病室に残された俺は、めっちゃ寂しい気分になる。テレビをつけても面白い番組が見つからないし、本を読もうとしても集中できないし、何かを考えようとすればシズエが出て来るし、落ち着かずに病室のなかをウロウロしていたら、誰かが扉をノックした。

「おい、田附。入るぞ。」

 ノックの音を聞いて、まず初めに頭に浮かんだのは、もちろんシズエ。ついにこの部屋を見つけ出して、怒りの表情で扉を叩いているのだと思った。でも、扉の向こうから聞こえるのは、シズエの声じゃない。というより、男の声だ。しかも、すごく聞きなれた声だ。俺は喜びのあまり扉まで小走りで行って、自ら扉を開けて、来客を迎え入れた。

「面会時間を過ぎてるのに、良く入れましたね。」
「看護婦さんにお願いしたら、ええよって言うてくれたから。」
「結構、厳しいらしいんですけどね、この病院。」
「お願いの仕方が悪いんやろ、断られるやつは。」
「一体どんなお願いの仕方をしたんですか、佐伯専務。」

 相変わらず全身をベルサーチで揃えたスーツ姿は、病室の中では違和感がありすぎるけど、一か月ぶりに専務に会えて、目頭が熱くなった。いや、目の下には、涙がこぼれ落ちそうになっている。

「ほんま、すみませんでした。」
「しゃあないやん、病気やねんから。」
「いや、病気も含め色々と。」
「ハル・・シズエのことか?」
「そうですね。」

 結婚生活が上手く行かないことで、真っ先に謝らなければならないのは、専務に対してだ。店の稼ぎ頭であるナンバーワンを快く俺にくれて、その後も、ふたりの関係を気にしていてくれたから。今日、シズエから逃げるように病室を代わった顛末についても素直に話し、今後も、ふたりの関係が修復することはなさそうだと伝えた。

「田附、これ見たか?」

「朝田新聞?なんですか?」
「うちも有名になったもんやで。」
「え?二億円?まじっすか。」

 日本有数の全国紙に、京都のニュースばかりを扱った地方欄とはいえ、ピチピチグループの名前が大きめの見出しで掲載されている。俺が倒れた日の一斉捜査によって、莫大な脱税が発覚して、追徴課税が約二億円だと伝えている。

「俺のせいですかね?」
「はぁ?お前みたいなペーペーに何が関係あんねん。」

 どうやらグループ本部の経理が二重帳簿をやっていたらしく、廃棄すべき原本が大切に保管されていて、これが大阪国税局の職員に発見されたから、一切の言い訳が出来ず、とんでもない追徴課税になったそうだ。とりあえず、俺がミスしてなくて良かったけど、それにしても、とんでもない額やな。

「そうや、田附。」

「はい。」
「今度、木屋町にとんでもない大箱のキャバクラが出来るらしいで。」
「そうなんですか。」
「はよ元気になれよ。また木屋町が変わり始めるで。」

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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