2016/06/28

その甲斐あってか、先生も迅速に対応してくれて、同じ間取りだけど別の階の個室に移動してくれて、患者氏名のプレートは掲げず、代わりに面会謝絶の赤字のプレートをぶら下げてくれた。この対応に安心した俺は、珍しく昼まで眠り続け、昼飯を配膳する物音で目覚めた。十二時間以上、ずっと寝続けるなんて、入院してから初めてのことだ。
病室が代わったことについて、弟に連絡をしてもらうように看護婦さんに頼んであったから、病院から連絡を受けた弟が、午後二時過ぎに、母親と一緒に病室に顔を見せに来てくれた。弟曰く、既に俺の顔色に変化が出ていて、表情から温かみが感じられるそうだ。そんなにスグに変化が出るものなんだろうか。
「操り人形みたいで怖かったもん、兄ちゃん。」
「そうか。」
「ほんま自覚がないんやなぁ。」
その後も、しばらく見舞いに来なかった友人たちが続々と病室を訪れ、看護婦さんから「一応、面会謝絶ってことにしてあるんですから、静かにしてもらわんと困りますよ。」と注意されるほど、賑やかな午後になった。みんな、俺のことを忘れてたんと違うんやな。ほんま良かったわ。
楽しい時間は過ぎるのが早く、面会時間が終わって、みんなが帰ってしまうと、ひとり病室に残された俺は、めっちゃ寂しい気分になる。テレビをつけても面白い番組が見つからないし、本を読もうとしても集中できないし、何かを考えようとすればシズエが出て来るし、落ち着かずに病室のなかをウロウロしていたら、誰かが扉をノックした。
「おい、田附。入るぞ。」
ノックの音を聞いて、まず初めに頭に浮かんだのは、もちろんシズエ。ついにこの部屋を見つけ出して、怒りの表情で扉を叩いているのだと思った。でも、扉の向こうから聞こえるのは、シズエの声じゃない。というより、男の声だ。しかも、すごく聞きなれた声だ。俺は喜びのあまり扉まで小走りで行って、自ら扉を開けて、来客を迎え入れた。
「面会時間を過ぎてるのに、良く入れましたね。」
「看護婦さんにお願いしたら、ええよって言うてくれたから。」
「結構、厳しいらしいんですけどね、この病院。」
「お願いの仕方が悪いんやろ、断られるやつは。」
「一体どんなお願いの仕方をしたんですか、佐伯専務。」
相変わらず全身をベルサーチで揃えたスーツ姿は、病室の中では違和感がありすぎるけど、一か月ぶりに専務に会えて、目頭が熱くなった。いや、目の下には、涙がこぼれ落ちそうになっている。
「田附、これ見たか?」
「そうや、田附。」
※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。
※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。