この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十五話「まぶた」

time 2016/02/04

第七十五話「まぶた」
 公衆電話を抱きかかえて泣き崩れている俺を、ナースセンターから飛び出してきた看護婦さんたちが病室まで運んでくれた。ベッドに横になったあとも、俺が落ち着くまで、しばらく見守ってくれていたと思う。何人かの看護婦さんの優しい視線に見守られながら、俺は眠りについた。
 
「昨日の夜、廊下で発作が出たんやね。」
「あ、うん。」
「看護婦さんから、ヒロくんから目を離さないようにって言われたわ。」
「もう大丈夫やで。」
「あなたは医者と違うでしょ。自分で判断したらアカンよ。」

 幸いなことに、俺が電話をした後に泣き崩れたという事実は、シズエの耳には入っていないらしい。少しでも仕事から遠ざかるようにと、携帯電話はシズエに取り上げられたままだから、もし電話をしたことがバレたら、どこに電話をかけたのかと厳しく詰問されたはずだ。
 

「気づかないフリしてるだけで、私は全部、分かってるよ。」
「え?」
「ヒロくん、ピチピチホームに電話したんやろ。」
 
 頭のなかのシズエだ。いきなり俺が「え?」と声を上げたから、ベッドの脇にいるシズエが驚いた表情で「どうしたの?」と聞くけど、シズエにシズエのことを説明するのは大変なので、シズエに対しては「なんでもないよ。」と答え、シズエに対しては「もう黙っててくれ。」と答えた。頭が混乱する。このままでは、シズエに押しつぶされる。
 
 身体が小刻みに震えるのを感じならがら、眠れるわけもないけど、目を閉じて、ただ時間が過ぎるのを待った。まぶたの裏に浮かぶのは、やはりシズエ。嫉妬で目が吊り上がり、ナンバーワンの面影など消え失せた主婦のシズエ。キッチンで体中を血だらけにして発狂するシズエ。ナイフを持って俺を追いかけまわすシズエ。
 
「また明日、来るからね。」
 
 シズエの最後の言葉から十分に時間をおいて、俺はベッドから起き上がる。身体の節々が痛いのは、ずっと緊張状態だったからだろう。自分の体重の重みを感じながら、ナースセンターを訪ね、まだ先生が病院に残っているか確認した。
 
 病室で待つようにと言われたが、ちょうど先生が近くを通りかかったので、看護婦さんが呼び止めてくれて、ナースセンターの横にある“自由ルーム”というプレートのかかった部屋で、話をすることになった。
 
「先生、あの・・・。」
「落ち着いて、ゆっくり話してください。」
「はい。」
 
 とんでもない大音量でシズエが「やめときなって。」と何度も繰り返す。もちろん、頭のなかで。もうシズエには、今から俺が先生に話すことの全てがバレてしまっているようだ。先生の声が耳に入らないほどに大きな声で、シズエが俺の口を塞ぐ。
 
「田附さん、大丈夫ですか?」
「いいえ。」
「病室に戻りますか?横になりますか?」
「いいえ。」
 
 このチャンスを逃せば、また今日と同じ明日が来ることは分かっている。俺が体調を崩して、仕事場から遠ざかることを望んでいるシズエと、夫婦ごっこを楽しむ明日が来ることは分かっている。どれだけシズエが邪魔しようとも、今、自分の力で変えるしかない。もう、明日の俺に、先生に相談するという勇気が残っているとは限らない。
 
「先生・・・」
「はい、田附さん。どうしましたか?」
「あの・・・。」
 
 やっぱり、あんなに毎日のように見舞いに来てくれていて、俺の看病を夢中でしてくれている献身的な妻のことを悪く言ったら、先生は俺のことを馬鹿だと思うかもしれない。いや、病人のエゴで家族に八つ当たりをする酷い人間だと思うかもしれない。俺、そんな非情な人間と違う。いや、そんなこと言うてる場合と、ちゃうやん。
 
「先生、俺、シズエが・・・」
「シズエ?奥さんが?」
「怖いんです。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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