この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十三話「点滴」

time 2016/02/02

第七十三話「点滴」
 点滴を取り替えに来てくれた上西さんという看護婦さんが、めっちゃ可愛かった。欧米人とのハーフなのかな。彫りの深い顔、特に目元の美しさに目を奪われた。患者と看護婦の情事を夢見るけど、朝から晩まで、ずっとシズエが隣におるから、何もでけへんやん。
 
「私、まだ、ヒロくんのこと、愛してるよ。」
「ありがとう。シズエ。」
「水くさいわ。夫婦やから、当然やんか。」
 リンゴの皮を剥きながらも、シズエは笑顔を絶やさない。周りにバレないように二人だけで愛を確かめ合っていたあの頃に戻ったようだ。国税局が入ったあと、店がどうなっているかも心配だけど、今は、シズエとの時間を大切にしたい。
 
 来る日も来る日も、シズエは面会に来てくれた。結婚後の俺とシズエの関係を知っている母親や弟や友人たちは、どうして彼女がここにいるのかと訝しがる表情を見せたが、本人を目の前にして、俺に状況を確認することも出来ず、帰っていった。
 
「佐伯店長は、来てくれへんのやね。」
「今、それどころと違うから。」
「ヒロくんのこと、可愛がってるのに。」
「忙しいから仕方ないわ。」
「私は、ずっと一緒に居てあげるからね。」
 
 過労による精神疲労だと、医者からは診断を受けた。店長という重責を任されて、無我夢中で頑張ってきたけど、この程度で倒れるとは、自分が情けない。ピチピチグループが大変な状況になってるのに、俺は、こんなところで何をしてんねん。
 
「綺麗な奥さんが付き添ってくれてはるし、しっかり療養してください。」
「はい、先生、ありがとうございます。」
 
 トイレで用を足して、部屋に戻ると、シズエが暗い表情で俯いていた。手には、フルーツナイフを持っている。俺のことに気づくと、「梨でも剥いたろか?」と口元に笑みを浮かべながら聞いてくるが、何だか落ち着かない。心臓の鼓動が早まるのが、分かる。
 
「先生、なんて言うてはったん?」
「しっかり療養しろって。」
「そうやな。仕事のことは忘れて、しっかり療養せんとアカンな。」
 
 俺の体調は、一向に回復の兆しを見せないが、シズエは日に日に、表情が明るくなっていった。見舞いに来てくれる友人たちから「良い奥さんやなぁ。」と何度も褒められて、上機嫌なのだろう。俺が入院する前までの半年以上、別居していたとは思えない良妻を、シズエは演じている。
 
「あの上西さん、点滴が下手やから、変えてもらったよ。」
「え?」
「いやらしい顔でヒロくんのことを見てた看護婦さんよ。」
「あ、そうなんや。」
 
 入院生活も三週間が過ぎると、両腕の血管のあたりがタダれ、痒くて仕方がない。でも、これは別に、上西さんが下手だからではないと思うけど。柿を剥きながら、真顔で話すシズエに対して、わざわざ言い返す気はない。でも、なんか違う。
 
 俺のモヤモヤした気持ちに、答えを出してくれたのは、弟だった。たまたま、シズエが買い物に出かけている時に、病室に見舞いに来てくれた弟は「あれ、一人なん?」と確認してから、急いで話を切り出した。
 
「兄ちゃん、シズエさんのこと、どう思ってんの?」
「毎日、来てくれて嬉しいわ。」
「ほんまか?」
「なにが?」
「ずっと別居してたのに、なんかおかしいやろ。」
「夫婦やしなぁ。」
「兄ちゃん、シズエさんのせいで、疲れてるんやろ。」
「え?」
 
 言われてみれば、その通りだ。別居してからも、俺はずっと、頭の中のシズエの顔色を伺いながら生活をしていた。今、シズエと毎日、顔を合わせて、献身的な姿に安心していたけど、それでもナイフを持つシズエを見るたびに、怖い。また、自傷行為を始めるのではないかと、常にビクビクしている。
 
「シズエさんとおったら、病気は治らんで。」
「それは言いすぎやろ。」
「兄ちゃん、自分でも分かってるんやろ?」

 

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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