この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第七十二話「タオル」

time 2016/02/01

第七十二話「タオル」
 朝八時半に起きて、九時半に店を開けて、夕方に全体ミーティングをして、午後八時には店を出る。こんな単調な毎日の繰り返しが、心地よい。大きな変化を望まず、ただ力強い組織を作ろうと、淡々と毎日を過ごしている。

 この数ヶ月、ずっと変わらぬ毎日だった。だから、今日もきっと、いつも通りの日々が繰り返されるのだろうと思っていた。なのに、いったい何なんだ。俺の目の前に広がっているこの光景は。

 朝八時半に起きて、九時半に店を開けようとシャッターを上げて、扉のカギを開けたところで、知らないオッサンが肩を叩いた。俺のすぐ後ろにまで近づいてきていることに気付かなかったから、驚いた。

「大阪国税局資料調査課です。調査に、ご協力ください。」
「はい。」

 俺が「はい。」と返した途端、十名以上の影が俺に向かって走ってきた。さっき俺が開けた扉を、俺より先に入っていく。ダンボールの箱を作る係、書類のファイルを取り出すかかり、ファイルを箱に詰める係、それぞれが自分の担当する仕事だけを遂行する姿は、かっこいい。

 誰も、俺に質問することもないようだ。従業員名簿から、昨日の売り上げ表、タオルや備品の発注表まで、全ての保管場所を把握しているようだ。うちのグループでは、各店の経理を本部で一括管理しているから、ここには月間の売り上げなどを記載した書類がないんだけど、そんなことも既にご存知のようだ。

「あのー、電話に出ても良いんですか?」
「おう、ええよ。任意やから。」

 こんな朝早くに佐伯専務から電話がかかってくることは希だ。だから、きっと、専務は、うちの店の状況を把握した上で、電話してきているはずだ。

「もしもし、田附です。」
「そっちも、行ってんな。」
「あ、はい。来てます。」
「お前は、見てるだけでええからな。」
「はい。」
「今、うちのグループ全店に入ってるから。」

 俺の目の前で起きていることが全てではなかった。グループの他店にも全て、国税庁のガサ入れが入っている。俺が、専務が、会長が作ってきたものが、全て失われてしまいそうで、悲しい気分になる。

「田附店長、先日はどうも。」
「え?どちらさまですか?」
「覚えてないなら、それでええよ。」
「あっ。」

 この気安く話しかけてくる国税庁の黒ずくめのひとりと、俺は三ヶ月ほど前に会っている。俺が祇園から店に辿りついたとき、店の前に置いてある精子まみれのタオルの袋を漁っていた男だ。

「あんな前から、調べてはったんですね。」
「一年前からですよ。」

 俺の想像が正しければ、大阪国税庁は、うちのグループに目をつけてから、各店舗のタオルの枚数をカウントしていたんだろう。帳簿では、お客さんの数や、売り上げをごまかすことは出来ても、タオルの枚数は嘘をつけない。もう、俺の居場所が、失くなってしまうんやな。

「ヒロくんが気づけば、良かったんでしょ。」
「そんなん分からんって、シズエ。」
「私やったら、気づいてたわ。」
「そうかもなぁ。」
「気づいてないのは、ヒロくんだけや。」

 シズエの言うとおりかもしれない。タオルの袋を漁っている国税の人間に、俺が気付けていれば、こんなことには成らなかっただろう。もし、佐伯専務に報告していれば、気づいてくれたかもしれない。あかんなぁ、俺。

「ヒロくん、大丈夫?」
「あ、シズエか。」
「いきなり倒れたって聞いて、びっくりしたわ。」
「はぁ?何を言うてんの、シズエは。」
「ヒロくん、ここ、病院やで。」

 本当だ。シズエの言うとおり、俺は病院のベッドの上に寝ているようだ。点滴が吊り下げられていて、俺の腕に刺さっている。シズエも、本物のシズエだ。店で倒れた俺のことが、女の子を通じて、シズエのところへ連絡が入ったのだろう。

「ヒロくん、私が面倒見たるからね。」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 

 


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