この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第六十八話「ソファー」

time 2016/01/26

第六十八話「ソファー」
 西島くんに身体を激しく揺すられて、飛び起きるように目覚めた。シャツは汗でびしょ濡れだ。大声で「助けてください!」と叫んだ名残りが口元にあるんだけど、それが夢の中なのか、現実に口から声を発したのか分からない。何かの夢を見ていた気がするけど、限りなく黒に近い朱色に染まった空間のイメージしか浮かんでこない。
 
「西島くん、コーヒー淹れて。熱いの。」
「はい、お待ちください、店長。」
「あ、やっぱり、冷たいのにして。」
「はい、分かりました。」
「ごめんな。」
 
 アイスコーヒーをいっき飲みしてから、服を着替えるために、一旦、家へ帰る。カーテンが締められたままの自宅のリビングは薄暗くて、休園日の遊園地のように寂しい。そこにあるはずの笑顔も、笑い声も、温かみも、すべてが失われた空間は、家主の帰宅にさえ、一切の反応を返さない。
 
「あ、もしもし、田附や。今日、ちょっと早めに来て。」
「はい、分かりました。店長。」
「スタッフの全体ミーティングするわ。」
「はい、みんなに伝えます。」
「ごめんな。」
 
 俺の勉強不足のせいで指示処分の寸前まで行った件について、男性スタッフ全員に伝えておく必要がある。あと、マネージャー気分が抜けていない自分を律するため、しっかりと田附店長体制を敷くべきだと感じているので、人事についても皆と一緒に考えるつもりだ。いや、正直なところ、何かしらの予定を入れないと、店に行く気力が出ないから、無理やり予定を作っただけだ。
 
 リビングのテレビをつけると、昼のお馴染のバラエティ番組がやっている。今日の日替わりゲストは、バカルディという芸人コンビだ。ちょうど俺が芸能プロダクションに在籍していた時期に売れ始めたコンビだけど、現場で会ったことはない。二人が紹介した明日のゲストはミュージシャンで、この人とは音楽番組の収録で遭遇したことがある。それにしても、昼間に、ボーっとテレビを見てるなんて贅沢な気分やわ。
 
「はい、もしもし、田附です。」
「あ、店長、まだですか?」
「え?なにが?」
「いや、もう十九時なんですけど・・・」
「あ、ごめん。」
「どうしますか?」
「ごめん、明日にしよ。」
「はい、分かりました。」
「ごめんな。」
 
 あかん、いつの間にか、リビングで寝落ちてた。せっかく会長に怒られた勢いで仕事を頑張ろうと思ったのに、いきなり失敗してもうてるやん。遅番のマネージャーたちも早くから出勤してくれてたやろうし、早番も遅くまで残っててくれて、ほんま申し訳ないことしたな。俺、どうかしてるな。調子悪いわ。
 
 今さら、店に顔を出しても、何も用事はないんだけど、とりあえず身支度をして家を出る。表の通りまで出て、タクシーを捕まえて、四条河原町までとは言ったけど、やっぱり店に行く気にはならない。四条通を車窓から眺めながら、行き交うサラリーマンの笑顔を見て、なんだか憂鬱な気分になる。
 
「運転手さん、すみません。」
「はい。」
「祇園まで、真っ直ぐ行ってください。」
「祇園のどちらですか?」
「スキャンダルって分かりますか?」
「はい、分かりますよ。」
「スキャンダルまで、お願いします。」
「はい。」
「ごめんな。」
 
 仕事をサボって何をやってるんやろうと思うけど、今の感じを払拭するには、やっぱり夜遊びしかない。女の臭いに敏感なシズエが怖くて、行く機会がなかったんだけど、老舗のセクキャバであるスキャンダルには、前々から興味があった。もう別にシズエに気遣う必要なんか無いねんから、思いっきり楽しんだんねん。
 
 タクシーを降りると、ねっとりと熱い外気が、体にまとわりつく。僅か数百円のお釣りを受け取らなかっただけで、「ありがとうございます。」と元気に挨拶してくれる運転手さんの声を背中に感じながら、そそくさとビルの階段を下って、スキャンダルへと向かう。店内から漏れてくる爆音のユーロビートに、心が踊る。
 
「何名様ですか?」
「ひとりです。」
「ご指名の女の子はいますか?」
「いや、初めてなんで。」
「かしこまりました。少々、お待ちください。」
 
 さすが人気店だ。俺の他にも、八人くらいのサラリーマン風の男性たちが、待合所のソファーに座っている。それにしても、ここ、待合所って言えば待合所やけど、店舗の外やん。もう暑いから早くクーラーの効いたところに入りたいのに、どこで待たせんねん。早く店に入れてよ。

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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