この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第六十六話「指示」

time 2016/01/23

第六十六話「指示」
 とりあえず罰金もなく無事に済んだけど、店で起こったトラブルについては逐一報告することになっているから、携帯電話を取り出して、佐伯専務に電話をかける。店に出勤したら坂本がいて、アルバイトの西島くんの従業員名簿が抜けてて、警察に呼び出されて、今、警察署を出たところだと伝えた。
 
「ご苦労さん。」
「坂本が嬉しそうな顔をしてて、ほんまムカつきました。」
「うちのグループを狙っとったからな。」
「なんか指示していただけるらしいですよ。」
「何のことや?」
「いや、坂本が、指示つけたるからな!って偉そうに言うてました。」
「で、お前は、平謝りしてんな。」
「いや、好きにしてください。って言いました。」
「おい、田附、お前!」
「は、はい。」
「お前、今、どこにおんねん!」

 良く分からないけど、専務と五条署の前で待ち合わせることになった。十数分後、専務は珍しくタクシーに乗って来た。

「クルマ、どうしたんですか?」
「高級車で乗り付けたら、余計にポリに睨まれるやろ、アホ。」
「なるほど。」
「もう、それどころ違うねん。行くぞ。」
 
 さっき出てきたばかりの警察署に入り、さっき立ったばかりの椅子に座る。専務は「私の教育不足で、大変申し訳ございません。」と繰り返し、平謝りしている。隣で偉そうにしているわけにもいかないから、俺も申し訳なさそうな表情をするけど、いまいち状況が飲み込めない。
 
「佐伯、もう一回、店長に戻った方が、ええんちゃうか。」
「はい、すみません。」
「お前が飛んできて、安心したわ。」
「はい、ありがとうございます。」
「指示は、好きにして、ええねんなぁ。」
「いえ、自分たちで改善できますので。」
「ほんまに出来んのか、このアホ店長で。」
「はい、私が命令して、改善させます。」
 
 警察を敵に回したらいけないのは分かるけど、ここまで偉そうな態度をしている坂本に対して、何も言い返さずに、じっと耐える必要があるんだろうか。専務とふたりで深々と頭を下げて、「今後ともよろしくお願いいたします。」と心にもない礼を言って、警察署を後にする。
 
「指示っていうのはな、指示処分のことやねん。」
「シジショブン?指示処分?それ、なんのことですか?」
「平たく言うたら業務改善命令のことやな。」
「はぁ。」
「一回でも指示処分を受けたら、履歴は十年は消えへんねん。」
「十年ですか。」
 
 専務が言うには、行政が本気になれば、いつでも風俗業者を潰すことが出来るらしい。だから、俺たち風俗業の人間は、行政から目を付けられないように、徹底してルールを守らなければいけないのだと。指示処分は、軽い脅しのようなものだけど、その上には、営業停止があり、さらに、認可取り消しがある。だから、小さな芽でも摘んでおかなければならないのだと。
 
「はい、分かりました。今晩、お伺いします。」
 
 指示処分とか、行政処分とか、難しいことは分からない俺でも、専務の電話の相手が誰なのかは、すぐに分かった。もちろん、その電話の内容も分かったし、今晩、お伺いするのは専務一人だけでなく、俺も一緒だと言うことも。
 
「祇園、ですよね?」
「そうや、今日の朝まで飲んでた店や。」
「覚悟して行きます。」
「ちょっと時間あるな、どないする?」
「あの、ひとつ用事を済ませてから行きます。」
「よし、分かった。」
 
 専務と別れ、一度、店に戻ろうかとも思ったけど、スグにでも用事が済ませたいから、タクシーで直接、四条河原町の交差点へと向かう。今日中に済ませないと、ヤバい。もう、とにかく頭のなかのシズエを黙らせないとダメだ。分かったから、あとちょっと待ってくれ。住友銀行四条支店へと駆け込む。
 
「百二十万円のお振込みですね。」
「はい、そうです。」
「しばらく、お待ちください。」
「早くしてください。とにかく早く。」
「あ、はい。かしこまりました。」
 
 今晩も、会長と夜通し、祇園で飲むことが確定している。俺が専務に全てを伝えているように、専務は全てを会長に伝える。そして、当然ながら、指示処分騒ぎの件に対して、会長はお怒りだ。今夜の主役は、俺だ。専務は「ちゃんと説明してなかった俺が悪い。」と、自分を責めていただけど。
 
「田附さま、お待たせしました。」
「あ、はい。」
「お振込み完了いたしました。」
「ありがとうございます!」
「ご利用ありがとうございました。」
「シズエ、シズエ、振り込んだからな。振り込んだで。」
「え?」
 
 会長に怒られるのなんて、どうでも良い。もちろん怖いけど、仕事でのミスなんだから怒られても当然だ。そんなことより、シズエだ。ちゃんと振り込んだからな。百二十万円を間違いなく振り込んだからな。ちゃんと指示通りに振り込んだからな。

「頼むから、静かにしてくれ。」
「もう、黙ってくれ。頼む!」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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