この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第六十三話「セダン」

time 2016/01/20

第六十三話「セダン」
 俺の馴染みの店だったらマズいなと思いつつ、会長と専務と内藤さんの後ろを歩く。俺も一時期、湯水のように金を使って祇園を飲み歩いていたから、ちょっとした有名人だ。下手に知り合いの店だったりしたら、会長の面子を潰すことになるかもしれない。目立たないようにしないと。

 四条通から花見小路通に入って、ほんの百メートルくらいを歩いただけで、俺の不安が杞憂だったことに気付く。五人にひとりと言えば、ちょっと大袈裟かもしれないけど、とにかく祇園の街を行き交う人たちが、会長の顔を見つけると「こんばんは。」とか「ご無沙汰ですね。」とか、次々と話しかける。このひと、俺なんかよりも格段に有名人や。

 会長が「とりあえず、ここにしよ。」と言って入って行ったのは、大きなシャンデリアがぶら下がっていて、木目のカウンターが綺麗なクラブ。俺は初めて入る店だ。着物の女性が会長を出迎えて、一番奥の席に通す。

「もう遠くの方から、会長さんの声が聞こえてましたよ。」
「それで、ママが入り口で待っててくれたんか。」
「そうですよ。あら、会長さんが来はるわって。」

 新幹線の弁当売りのように車輪のついたワゴンを押して、ボーイが酒を運んでくる。ワゴンには、高級なウィスキーやブランデーが、ぎっしりと並べられている。もしかしたら、ここに並んでいるボトルで、国産のセダン一台分くらいの金額かもしれない。

「わたし、お会いしたことないですよね。」
「そうや、うちの店長をやってる田附や。」
「会長さんには、いつもお世話になってます。ヒロミです。」
「あ、はい、田附です。」
「珍しい苗字やねぇ。タヅケさん。」

 ヒロミママは、この一団の扱いに慣れている様子で、専務や内藤さんにも気安く話しかけながら、手際よく会長の世話をする。グラスが空くペースが早い。麦茶みたいだ。会長の勢いに負けないようにと、俺もピッチを上げる。うまく店の報告が出来なかったから、飲みの席では、目立っておかないと。

「酔っぱらうのも仕事やもんねぇ。」
「そうやねん、シズエ。」
「羨ましいわぁ、そんな仕事。ええなぁ。」

 突然、シズエに話しかけれられることにも慣れてきた。俺が楽しいと感じる瞬間には、必ず決まってシズエが出てきて、「羨ましいわぁ。」と囁く。本当にもう頼むから、目の前のことに集中させてほしい。耳を塞いでも聞こえるシズエの声を振り払うように、ウィスキーの水割りを次々と飲み干す。

「田附、そろそろ始まるで。」
「え?」

 佐伯専務の視線の先を見ると、いつの間にか内藤さんが会長の横に移動していて、口を横一文字にして、小刻みに頷いている。

「内藤、お前に任してたら、デラックス潰れるわ。」
「いえ、そんなことないです。会長。」
「毎月、売り上げが下がってるやんけ。なぁ。」
「今月は、イベントを入れて・・・」
「お前の考えるイベントは、芸がないねん。」

 内藤さんは、三十歳前後の素人女性を集めて人妻専門を謳っているピチピチデラックスという店舗のオープンからの店長なんだけど、初月の売り上げこそ良かったものの、その後の収益が伸びず、ミーティングの時にも苦しそうに報告をしていた。

「会長な、酒を飲んだら、いつもこれやねん。」

 たまに会長の意見にも口を挟みながら、専務だけは楽しそうだ。

「いったん捕まったら、日が出るまで、ずっとやで。」
「そうなんですか。」
「田附、お前も注意せえよ。」
「はい・・・。」
「今日は内藤にロックオンやから安心せえ。ひと晩ひとりや。」

 会長から祇園に誘われたときに、内藤さんが一瞬、ビクッとしたような気がしたのは、このせいか。ブランデーをガソリンにして、会長の怒りの度数が上がっていくのが分かる。意外にも穏やかで優しそうなリーダーだと思ってたけど、このひと、めっちゃ怖いわ。

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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