この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第六十話「溢れる涙」

time 2016/01/15

第六十話「溢れる涙」
 結局、店長からも良い答えは出てこなかった。店長の携帯電話が数分おきに鳴ったり、俺は店の用事で呼び出されたりと、ふたりとも忙しなく中座を繰り返したけど、用事が済めば元の椅子に戻り、向かい合ったままで沈黙の時間を過ごした。日が暮れて、さすがに客が増えてくる時間になったので、お互いに何の言葉もかわさぬまま、何の結論も出ぬまま、会合はお開きになった。

 あの佐伯店長が、何時間も真剣に考えても答えの出ない問題であったことは、俺の心を少し慰めた。俺がどれだけ考えたところで、答えが出るわけがないと開き直れる口実が出来たから。諦めるものは諦めて、とにかく仕事を頑張ろうと思った。

 それから半年が経っても、俺たち夫婦の関係は、ずっと変わりなく、ただただ最悪な状況が続いている。ひとつ変わったことと言えば、酒を飲まなくても、家に帰れるようになったことくらいだ。もう完全に夫婦の会話がなくなってしまったから、無理に酔っ払わなくても帰宅することが出来る。

 既に明るいニュースを期待しなくなった佐伯店長は、たまに「まだ相変わらずか?」と聞かれることがあるけど、ほとんど俺の前でシズエの話をしないようになった。店長と俺の共通の話題といえば、シズエのことと、仕事のことくらいだから、自ずと仕事に関する話をすることが多くなった。佐伯店長の物の見方は、本当に勉強になる。面白い。

「田附、お前、まだ目標は変わってないか?」
「え?目標って何ですか?」
「忘れたんか?お前が面接の時に言うたこと。」
「あ、店長になりたいってやつですか?」
「そうや。」
「もちろん、まだ変わってないです。でも、まだまだ修行が足りないと思ってます。」
「お前、来月から店長やれ。」

 アルバイトから社員になったときも、社員からマネージャーになったときも、いきなりのことに動揺したけど、今回はなぜかあまり驚かない。店長のやり方に慣れてきたのかもしれない。それでも、やっぱり、似たような答えを返してしまう。

「え?ホンマですか?」
「こんなこと冗談で言わへんわ。」
「でも、なんで急にですか?」
「俺なりの答えや。」
「答え?」
「半年ずっと考えた答えや。」

 佐伯店長に認められた。店長になれるという喜びよりも、佐伯店長に認められたという喜びの方が大きい。思いがけず、涙が溢れる。
 
「ほんまに、ありがとうございます。」
「お前、泣いたらブサイクやから泣くな。」
「あ、はい。すみません。でも・・・」
「お前の好きなように思いっきりやれよ。」
「は、はい。ありがとうございます!」
「だから、もう泣くなって。」

 風俗業界で成功してやると心に誓って、ここピチピチホームに入店してから、もうすぐ二年。俺はついに、当初の目標だった店長になるという夢を達成した。あの当時、みんなから「店長候補」と言って馬鹿にされたけど、ほんまに店長になったった。佐伯店長のような偉大な店長のあとを引き継ぐのは、とんでもないプレッシャーだけど、それでも、この店長に認められたんだという自信を糧にして、本気で頑張りたいと思う。

「現場の仕事を離れたら、また違うもんが見えてくるで。」
「はい。」
「全体のバランスを第一に考えろよ。」
「はい。」
「お前やったら出来るから。」

 今回の昇格は、佐伯店長の言葉通り、俺のことを信頼してくれたからだろう。でも、もしかしたら、新人講習だとか、女の子の世話をしなくて良い店長のポジションに俺を据えることで、うちの夫婦関係が修復するかもしれないという期待を込めてくれたのかも。いや、仕事に対して超ストイックな佐伯店長が、そんな私情を挟むわけ無いか。

 いずれにしても、俺の店長昇格は、間違いなく俺とシズエの関係を好転させる絶好の機会になる。仕事に夢中になるためにも、もう一度、シズエとの日々を取り戻さなければならない。うん、今日、大きな一歩を踏み出そう。今日、一言でも何か話そう。

 ほんと芸がないんだけど、俺はこういう時はいつも、バラの花束を買ってしまう。女の子が抱えきれないほどの大きな花束を持っている姿を見るのが好きなんだ。花束をもらって、悲しい顔をする女の子なんていない。いや、それどころか、絶対に笑顔になる。今のシズエが満面の笑みを浮かべるとは思えないけど、でもきっと、少しだけ笑顔になる。その一瞬を狙って、俺の思いを伝えれば良い。

 いつもは地獄へ通じる扉のように感じている自宅の玄関のドアが、今日は華やかに輝いて見える。気分次第で、こんなに簡単に景色が変わるんだから、俺って単純やな。勢いよく扉を開けて「ただいま。」と大声で言う。もちろん、シズエからは何も言葉は返ってこないけど、まぁ、いつも通りだ。こんな静かな我が家は、今日で終わらせよう。

 シズエに不快な思いをさせないように玄関の扉を静かに閉め、靴を脱ごうとして、ふと気づく。リビングの電気がついていない。テレビもついていないし、シズエの姿もない。恐る恐る寝室の扉を開けて、ベッドの上を確認する。やっぱり、シズエの姿がない。そして、まるでドラマのワンシーンのように俺は、リビングのテーブルの上に、一枚の紙を見つける。もう読まなくても内容は分かっているけど、溢れる涙でハッキリとは見えないけど、本当は読みたくないけど、とりあえず読もう。

「実家に帰らせていただきます。静枝」

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※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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