この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第五十七話「現実」

time 2016/01/12

第五十七話「現実」
 シズエとの新婚生活は、まるで昼間のドラマのような冷たい嫉妬と憎悪に溢れている。朝、俺が目を覚ますと、隣の部屋からは寝言で何かを叫ぶ声が聞こえ、睡眠不足が続いている。シズエと結婚しなければ良かったと、毎日のように思っている。

 俺が出掛ける準備をしていると、「今日も、お仕事頑張ってくださいね、ヒロくん。」と、かなり眠そうな表情を浮かべながら、一家の主である俺を、冷ややかな視線で送り出してくれる。俺はシズエの旦那として、「お前のために頑張ってくるわ。」と返して、重い気分で玄関を出る。近所のオバサンからの「おはようございます。」の挨拶も、不快だ。

 こんな風に出勤すれば、当然ながら仕事にも力が入らない。新人の講習で、前日に面接を終えたばかりの女の子が、俺の下半身を咥えていても、いつも頭に浮かぶのは、シズエのことだ。朝の「頑張ってくださいね。」という皮肉の言葉を思い出すと、新しい女の子の売り出し方を考える気力も無くなる。俺、めっちゃ仕事を頑張ってるんやで。分かってよ、シズエ。

「シズエは元気にしてるか?」
「はい、おかげさまで、めっちゃ元気ですよ。」
「そうか。」
「店長のおかげです。ほんと。」

 俺と出会う随分と前から、ずっとシズエのことを可愛がってきた佐伯店長は、相変わらず、彼女のことが心配でならない。嫁のことを愚痴る話をしたら、大体の友達は、目を輝かせて嬉しそうに聞くんだけど、佐伯店長に対しては、本当に悲しそうな顔をするのが目に浮かぶので、俺とシズエの本当の生活ぶりの報告は出来ない。

 仕事中もずっと、もうシズエに会いたくないと思っているから、タイムカードを押しても真っ直ぐに家へと飛んで帰る気にはなれない。結婚したら夜遊びをやめようと考えていたけど、自然と身体が祇園へと引っ張られていく。そう、シズエの待つ我が家から逃げようと。少しでも「ただいま。」までの時間稼ぎがしたい。

「おかえりなさい。今日も、お仕事は大変でしたか?」

 これがいつものシズエの第一声だ。もちろん、おかえりのキスなどなく、テレビをつけて「今日も、阪神は負けたんやな。」とプロ野球の試合結果を確認しつつ、女の子から相談を受けたことや、新人の講習をしたことまで、とにかく今日一日の出来事を全て、シズエに詰問される。

「ほんま、結婚ってなんやろうな。」
「え?」
「こんな生活、なんか夢みたいやわ。」

 これは決して、口から出まかせで言ってるわけじゃない。本当にそう思う。まるで悪夢のようだ。夢なら冷めて、と心から思う。シズエの顔を見ているだけで心が苦しい。シズエのことを思い出すだけで、仕事が虚しくなる。これが夫婦生活なんだな、実際に体験してみないと分からないものだ。

 最近、店の女の子たちと話している時にも、俺の身体から疲労感がにじみ出ているようで、「田附マネージャー、ほんと辛そうですね。可哀想やわぁ。」と言われることが多い。ちょっとマズいかもしれない。私生活を職場に持ち込むべきじゃない。でも、辛いから仕方がない。無理やり抑え込んでも、どうにもならない時もある。

「新しい女の子、どんな子なの?」
「もうええやん、シズエ。」
「教えてよ。」
「仕事の話はやめにして、早くベッドに入ろうや。」

 毎晩のように、ベッドの上でシズエと一戦を交えている。そろそろ飽きても良さそうなものだけど、まだまだ足りない。俺から仕掛けることもあれば、シズエから誘ってくることもある。とにかく、アウンの呼吸で口論が始まる感じ。ほんと破滅的な新婚生活や。

 ごめん、ぜんぶ現実だ。新婚旅行のモルディブから帰ってきて、俺は仕事、シズエは主婦としての日常が始まってスグの頃から、俺が新婚生活に抱いていた理想は音を立てて崩れ去った。どうして、こんなことになってしまったんだろうか。

現実脱出論 (講談社現代新書)
坂口 恭平
講談社
売り上げランキング: 27,994

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


sponsored link