この男、猥褻につき

夜の連続ブログ小説(ほぼ完全ノンフィクション)

第五十二話「引退」

time 2016/01/05

第五十二話「引退」
 ハルカとの交際がバレたのに、まだこの店で働いているのが不思議な気分だ。なんだか地に足がついていないフワフワとした感じだけど、店長の優しさと男らしさに改めて酔いしれながら、目の前の仕事を次々と片付ける。
 
 今日も平日なのに、相変わらず昼間から客の入りが良い。店の女の子たちは入れ替わりが激しいけど、上位の方の顔ぶれは変わらずで、安定した人気があるから、来客数は安定している。ハルカがいなくなっても、十分にやっていけるはずだ。いや、やっていけないと俺のせいになるから、集客を頑張らないといけない。

 夕方、夜のシフトの女の子たちが出勤してくる。珍しくハルカも他の女の子たちと一緒の時間に出勤してきたと思ったら、その後ろから佐伯店長も一緒に店内に入ってきた。
 

「ハルカさん、おはようございます。」
「うん、おはよう。」
 
 店の中では、あくまでナンバーワンとマネージャーの関係だ。部屋のリビングとは全く別人のハルカが、自分の仕事場である小部屋へと消えていく。佐伯店長が、その様子を嬉しそうに見ながら、「絶対に気付かんよなぁ。」と言いながら、俺の肩を叩いて、オフィスに入るように促した。
 
「ハルカと話したで。」
「え、はい。」
「本人も、引退ってことで決心した。」
「そうですか。」
「結婚するつもりやって言うとったで。」
「えぇ、そうなんですか。」
「ええカップルや。俺が付き合ってるのに気付かんねんから。普通は、どっちかが仕事がアカンようになったりするもんやで。ええ夫婦になれると思うわ。」
 
 いきなりの「夫婦」という言葉に、あまり実感が沸かないけど、俺もそろそろ三十歳になるし、結婚の時期かもしれない。うん、ハルカと結婚しよう。いや、ハルカ改め、シズエと結婚だ。そうと決まれば、今すぐにでもハルカのいる小部屋に飛んで行って、結婚のプロポーズをしたいところだけど、夜まで我慢した。
 
「え?ヒロくん、ほんまに言うてるの?」
「そうや、結婚しよ。」
「わたし、今日、店を辞めるって決めたばっかりやのに。」
「だから、ちょうどええやん。」
「ほんまに?私で、ええの?」
「当たり前やん、シズエ!」
 
 想像していたよりも喜んでくれているシズエを見て、やっと気分が落ち着いてきた。ふと、歌舞伎町のマイのことを思い出す。あの頃のマイも、シズエと同じように、風俗を辞めることよりも、好きな人と結ばれることを、心から喜んでいたんだろうな。今もきっと、日本のどこかで幸せに暮らしているに違いない。
 
「ヒロくん、そろそろ起きや。」
「あ、うん、マイ。」
「誰がマイなん。シズエですけど!」
 
 いつの間にか寝てしまった。昨日は、喫茶店で店長と話をしてから、部屋でシズエにプロポーズをするまで、随分と長い一日だった。きっと俺の人生のなかでも忘れられない日になるだろう。二人で年を重ねて、縁側で並んで座って、「シズエ婆さん、昔、こんなことがありましたねぇ。」なんて話すことになるだろうな。
 
「わたし、モルディブに行きたいわ。」
「なに?」
「新婚旅行、ハネムーンの話!」
「俺、東南アジアとか分からんけど、良さそうやな。」
「モルディブって東南アジアなん?」
「よう分からんけど、アジアやな。」
 
 こんな風にして、俺とシズエの結婚準備が、突然始まった。結婚式を盛大にしたいとか小さくて良いとか、結納はどうするとか、なにかとお金のかかることも多いし、二人で意見が分かれて揉めることもあるけど、めでたい雰囲気が好きだから、毎日、心が弾む。
 
「田附マネージャー、楽しそうやね。」
「マリちゃん、そうかな?」
「うん、最近、めっちゃニコニコしてるよ。」
「なんか調子ええねん。」
 
 正直、結婚準備と言っても知らないことだらけで、こういう時に頼りになるはずのオヤジがいないから、無駄な動きも多くて、割と時間がとられる。昼間は仕事をして、うちに帰ったらシズエから色んな相談をされて、体力的には消耗してしまっているけど、気分はノリノリで絶好調だ。
 
 大学時代から遊びまくってきた俺だけど、いよいよ年貢の納め時だ。田附裕樹、いよいよ結婚します。仏壇のオヤジに手を合わせ、俺のことを見守り続けてくれるようにと願った。

ゼクシィ関西 2016年 2月号
リクルートホールディングス (2015-12-22)

※この物語は、主人公の回想に基づき、だいたい8割くらい真実のフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません!とは言い切れません。

※夜の連続ブログ小説ということで、毎週月曜日から金曜日の夜8時(日本時間)に、最新話をアップいたします。毎晩読んでいただくのもよし、ある程度まとめて読んでいただくもよし、ご自由にお楽しみください。
 


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